革命前夜

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「あんな孔雀みたいな奴は相応しくない。あいつは、婦人参政権に反対するクラブに入っているんだぞ。おまえとは政治信条も違う。おまえ、昔、警官隊と怒鳴り合って逮捕されたよな? あの時のおまえは勇ましかったよ。反対派の議員に生卵をぶつけていたよな」 「そんなこと、今、言わないでよ」  たった一晩だが、あの時、留置所に入れられた。エルザの父が署長に袖の下を渡したおかげで、穏便に済ませてもらえたのだ。 「おまえ、留置所の娼婦相手に婦人参政権の大切さを演説してたらしいな。まったく、おまえらしいよ」  ジェイミーの半笑いの声にカッとなっていると、ジェイミーは、しみじみとした声音で呟いた。 「あれから、何年も過ぎたんたな……」  ズルッ。ジェイミーが斜めに身体を崩したかと想うと、そのまま、エルザの肩によりかかってきた。エルザは目を引ん剥いた。未婚の女性が若い男性と身体を密着させるなどあってはならない事である。 「馴れ馴れしいわね。ふざけないでよ! 馬鹿!」  ドンッと、その肩を押し返すと、彼は痛みに満ちた呻き声を漏らした。 「クソ、いてぇな。ふぅ……」  どうしたのだろう。急に声のトーンが急激に下がっていった。本当に苦しげに湿ったような息を吐いて呻いている。 (えっ……)  ふと手を伸ばしたところ。コンクリートの床がヌメッと濡れていた。錆びた鉄のような血の匂いにドキリとなる。エルザの心臓か嫌な感じの音を立てている。なぜ、今まで気付けなかったのだろう。 「まさか、怪我してるの!」  ランタンに明かりを灯すと、ジェイミーは腹部を押さえていた。背中を丸めて俯いたまま歯を食いしばっている。彼が来た時は、グレーのジャケットを羽織っていたが、暑いので脱いだようだ。そのシャツの脇腹にはベットリと血が滲んでいる。 「やだ。この怪我はどうしたのよ!」
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