革命前夜

14/58
前へ
/58ページ
次へ
「俺は、ここの暑さに参って昼寝していたところを女将に叩き起こされた。彼女は俺だけを逃がしてくれたのさ」 「なぜ、あなただけ……?」 「運が良かったのさ。他の奴等のように食堂にいたら、俺も、やばかったと思うぜ」  大学を卒業して殖民地の行政官の試験に合格したジェイミーは、二十六歳まで香辛料諸島で働いていた。  エルザの婚約発表の日、たまたま、長期休暇で故郷に帰省していたらしい。  二十七歳になると帰国して、王都にある庁舎に戻った。この頃、エルザはワンダーラに渡航していた。つまり、長い間、殆ど、ジェイミーの顔を見ていない。お互いの近況を知る手立てもなかった。しかし、先月、ジェイミーが転勤の辞令を受けてやってきた。  アリアンヌからワンダーラの最南端の港までは、快速の汽船でも二週間かかる。  船から下りたのが九日前。そして、ワンダーラの総督官邸で辞令を受け取ると北部行きの列車に乗った。それが、今から五日前。  生憎、この町には駅がない。だから、最寄駅からは馬車に乗って、埃っぽい田舎道を移動するしかない。  こんなふうに苦労して、彼は、昨日の早朝にシータに着いたのだ。  昨日、再会した時、父は感激していた。本当なら、我が家に泊めたかったが、うちには余分な寝室はなかった。 『すまないね。君をもてなす余裕がなくて』  ジェイミーもそれは分かっている。 『定宿として指定された場所に滞在しますから、どうか、お気になさらないで下さい。女将のソフィアは黒髪が見事なスラリと背の高い美人ですよ。混血で、父親がアリアンヌの外交官だったようです』  そこは売春宿も兼ねている。  エルザの父親は真面目だ。その宿に泊まったことはない。  けれども、ジェイミーは若くて独身だ。もしかしたら、そういう事をして楽しむのだろうか。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加