革命前夜

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 ベルは、いつもフアッと包み込むように微笑んでくれる。 『いいですか。エルザ様、今度、お漏らしをしたら正直に言うんですよ。洗濯する側の身になって下さいな』 『はーい』  エルザは素直に返事をすると、ベルが愛しげに頬にキスをした。  その様子を見ていた料理場のメイドのメグが手招きしてきたのだ。 『お嬢様の猫に生クリームをどうぞ』  こうやって、料理長の目を盗んで飼い猫のミミの為にこっそりと渡してくれる。  あの当時のお屋敷にはたくさんの使用人がいた。ケーキ作りが得意な太っちょの料理長。生真面目な執事。少し頑固な庭師。若くてオシャレな御者。太っちょのキッチンメイド。気取った喋り方をする家庭教師。几帳面で強面の家政婦。  みんなが伯爵家の為に真面目に働いていた。 『エルザ様、こんにちは』  村民も、うやうやしく挨拶をしてくれる。  綺麗なドレス。美味しいお菓子。美しい景色。安心、安全、快適。蜂蜜のように甘く満ち足りた世界の中心にいた。あの頃のエルザには幸福だった。誰よりも自由気ままにに暮らしていた。  父も大好きなゴルフや狐狩りやオペラ鑑賞を満喫しながら、のんびりと社交に励んでいた。しかし、ある日。六歳年下のアリーが目が見えないと言い出した。  そこから一家の運命の流れが変わった。そう、あれはエルザが十歳。アリーが四歳の夏。 『なんですと! アリーはいつか失明するのですか!』  王都の専門医の診断にエルザの父は驚愕した。先天的に眼に異常があると言われたのだ。 『いずれ全盲になります。今のうちに覚悟をして下さい』  妹の将来を案じた父は焦り嘆き哀しみ、何とか治そうとして奮闘した結果、妙な霊媒師やインチキ薬に手を出すようになった。
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