革命前夜

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 父は、誰も行きたがらない辺境地の領事館でビザの申請やマリアンヌ人の保護などの業務を行なうようになり、ますます、痩せていった。  官舎は古くて小さいくて、そこに備え付けられていた家具も粗末だった。ソファの革には穴が空いていた。仕方ないので、そこを糸で縫い合わせておいた。  水道施設はもちろん、浴室にはバスタブさえもない。井戸から水を汲んで粗末な小屋の中で行水をするしかなかった。現地の女の人達のように川で行水する勇気はさすがになかった。  一応、お嬢様として暮らしていたエルザにとって家事は未知の領域だった。引っ越した直後のエルザは薪のくべ方さえも知らなかった。  御屋敷にいた頃は、メイドが石炭を使っていた事は分かっている。しかし、この町では石炭が売られていない。  乾燥地帯なので薪も少ない。そんなエルザに対して、現地の人と同じように駱駝や牛の糞を燃料にすればいいと教えてくれたのは、隣人のアブドだ。   最初にアブドと話したのは、この街に引っ越してきた当日だった。  その日、エルザは厨房でヒステリックに叫んでいたのである。 『ああーーーー。どうしよう。缶詰を開けられないじゃないのよ!』  トランクに入れていたはずなのに見当たらなくて焦った。  この界隈には洒落たレストランなども見当たらないので、父と二人で缶詰を食べるしかなかった。その時、エルザの家の厨房の戸口は開けっ放しだった。 『ああ、もう、どうしよう。まだ馬はこの家にいないのよ。軍病院まで缶切りを、わざわざ借りに行くのも面倒臭いわ』  苛々して叫んでいると、庭で鶏の卵を集めていたアブドがのんびりとした声で教えてくれた。 『おやおや、どうされましたか』
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