革命前夜

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 アブドはアリアンヌ語が堪能だった。恰幅のいい優しい雰囲気の褐色の肌のアブドは黒い瞳に黒い髪で頭には紺色のターバンを巻いていた。彼は、日頃からアリアンヌ人の商人と頻繁に取り引きしているので読み書きも出来る。   『こんにちは。わたしは隣の家のアブドと申します。どうやら、お困りのようですな』  アブドの妻とは挨拶をしているのでエルザは警戒する事なく呟いた。 『こんにちは。これから、ここで暮らすことになったエルザです』  アブド妻はプックリと幸せそうに太っていた。この国ではふくよかな女性がモテる。つまり、アブド達は余裕のある暮らしをしている証拠である。 『さっそくだけど、あなたの家に缶切りの道具があるかしら? そういえば、あなた、刃物を製造しているのよね』 『お嬢様、缶切りなんてなくも簡単に開けられますよ』 『ナイフを使うんでしょう? でも、あたしの腕力じゃ苦しいのよ』 『いやいや、もっと簡単なことですよ』  アブドは牛肉の缶詰を手に取ると、裏口の石の階段に缶詰を置いてガリガリと力任せにこすり付けた。ガリッ、ガリッ。 『ほらね。こうすれば、簡単に開きます』 『あら、本当だ。知らなかったわ』 『もちろん、アリアンヌの方達が使うような缶切りも工房で作っていますよ。まずは、お引越しのお祝いに、うちの缶切りをさしあげます』  それが、二人の交流の始まりである。そアブドは鋏やナイフを作る名人で工房に職人を抱えていた。アリアンヌの駐屯地に色々と卸していたので繁盛しているようだった。  引っ越した三日目、エルザはアブドの工房で包丁を作ってもらった。  こんな酷い土地にもアリアンヌ人の行政官は視察や巡回裁判の為に定期的にやって来る。  新しく赴任した行政官や、たまたま出張していた行政官を食事に招いてもてなすことが領事の慣例となっていた。 
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