革命前夜

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「いててっ。少しは労わってくれよ。優しく頬にキスをしようっていう思いやりの気持ちはないのかよ」 「はぁーーーーー。何で、あたしが、そんな事をしなきちゃいけないのよ!」 「忘れたとは言わせないぞ。昔、俺が寄宿学校に入った年。初めて帰省した日に、俺に抱きついてキスしたじゃないか」 「あっ……」  今もハッキリと覚えている。あの日のジェイミー馬を洗う為に半裸で小川の中に立っていた。夕刻だった。犬と一緒に散歩をしていたエルザは小さなの橋の欄干からジェイミーの様子を見ていたのだが、ハッとなった。  ジェイミーの身体に刻まれた青黒い打撲の痣に驚いて叫んだ。 『ジェイミー、それはどうしたの?』  慌てて土手に駆け寄った。怯えたような目でエルザは凝視していると、十三歳のジェイミーは、しばらく黙っていた。  口を引き結んで川面を見つめていたジェイミーだったが、やがて、観念したようにホロリと吐露した。 『上級生から袋叩きにあったんだよ。あいつら、特権意識をふりかざしてばかりなんだ。俺みたいな使用人の子は目障りだと言いやがる。俺のテストの結果がいい事が気に入らないらしい。ムカつくから言い返してやったら、夜中に頭に袋をかぶせてきやかった。七人がかりで叩きやがった。部屋にいた全員が敵だ』  ジェイミーの父親には、ラグビーの試合で作った痣だと誤魔化しているという。  負けず嫌いのジェイミーが堰を切ったように涙をこぼした。まるで心が叫んでいるみたいな悲痛な顔をしていた。  きっと、他にも色々と嫌がらせ受けたに違いない。何があっても涙なんて見せない強気なジェイミーの無防備な泣き顔に胸が痛くなった。エルザは小川に裸足で入っていった。小鳥のように頬に軽くキスした。ジェイミーを抱きしめて頭を撫でると必死になって囁いた。 「ジェイミー、負けないで……」
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