革命前夜

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『ダーリン、八年前に神様の前で誓ったね。結婚証明書の原本もあるよ! そして、こっちが出産証明書だよ。わたしとあなたの娘のフローネの写真だ。あの子はパパに会いたがっているね』  巻き舌でペラペラとまくし立てると娘の写真と証明書とやらを突き出した。 『ほら、御覧なさい、わたし達の娘のフローネだよ』  細い眉。ツンと先端が尖った耳。アヒルのように口角の上がった唇。誰が見ても親子と分かる。幼い頃のウィリアムによく似ている。  たちまち、エルザの背筋が凍りついた。当然のことながら、着飾った客人の間にも驚きの波紋が一斉に広っていく。みんな、どうしたものかと立ち竦んでいた。重苦しい空気だけが無駄に積み重なり、好奇の視線がエルザを取り巻いており、まるで悪い夢の中に埋もれてるみたいだった。  あの時、ウィリアムは石膏のように顔色を失くしたまま棒立ちしていた。 『ウィリアム、何か言ってよ』  尋ねてみたが、ウイリアムはうなだれており、ついには頭を抱えて座り込む。  ウィリアムの足元には結婚証明書が落ちている。それを手に取ったエルザの顔からは血の気が失せた。 (やだ。ウィリアムは、本当に既婚者なのね?)  いつもは温厚なエルザの父の額に青い筋が走った。グッと喉を軋ませるようにして唇を噛み締めた後、ワナワナと震えながら血管が切れそうな勢いで叫んだ。 『ウイリアム君! こ、これはどういうことなのかねーーーーー。説明したまえ!』 『すみません……。あ、明日、お話します』  なんと、ウィリアムは、そのままヘタヘタと倒れこんでしまったのだ。  という訳で、婚約発表は、即座に中止となった。客の多くは苦笑いしながらも退出していったのである。記者が、立ち去り際にエルザの写真を撮ったのでエルザは相手を睨み付けた。
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