革命前夜

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『伯爵! 申し訳ありませんでした。当時の僕は十八歳だったのです。酔った勢いで結婚してしまったことを後悔しています。翌日に事の重大さに気付いて震え上がり、その村から黙って立ち去ったのです。正直なところ忘れていました。何しろ、もう、だいぶ前のことでなのです……』   二人は由緒ある村の教会で式を挙げており、その際には、クララの叔父夫婦と村人が立ち会っている。結婚式の記念に撮った写真も彼女は持参していた。これは、まぎれもない証拠となっている。もう一枚、同じ写真があり、それはクララの年老いた祖母が持っているらしい。 「後ろに写っている教会で式を挙げました。その神父様は今も健在です」  セピア色の花嫁と花婿の写真を、彼女は何度も見返したのだろう。写真がよれている。  そう、確かに、ウィリアムは既婚者なのだ。我が国の婚姻法と慎重に照らし合わせてみても、彼等は完全なる夫婦なのだ。 『昨夜、さんざん説得しましたが、クララは絶対に離婚しないと言いました。彼女の宗派は厳格です。離婚は大罪になるのです』  例え王族でも離婚はできない。それほどまでに、クララの国では結婚は神聖なものなのだ。もちろん、アリアンヌでも、よほどの理由がない限りは離婚できない……。  性格の不一致だとか、他に好きな人が出来たとか、そんな理由では離婚できない。例えば、夫が戦地で不能になってしまった、あるいは、妻が寝たきりになってしまったので離婚したいと法廷で告げても却下されている。 (あたしが、この人と結婚したら、ウィリアムは重婚罪で投獄されるわ)  ウィリアムは、すみませんと言い続けて泣いていたが、エルザは呆然としたまま、婚約者の横顔を眺めていた。 『仕方ないね。娘との結婚の話はなかったことにしよう』
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