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日曜日。
「いらっしゃ──」
「やあ、斉木さん」
わたしのバイト先のファミレスに入って来たのは、明らかに最近見た覚えのある美しい顔立ちの男の子だった。
「……バイト先にまで押しかけて来るんですか」
「心外だなあ。たまたま入った店に君がいただけだけど?」
大江さんはしれっと嘘臭いことを言った。というか、絶対嘘だ。どうやってここを知ったのかわからなくて、ちょっと気味が悪い。
横で、可愛らしい感じの女の子が軽く頭を下げた。大江さんと同じくらいの歳で、多分この人が大江さんの彼女だろう。お似合いの美男美女カップルだ。
とにかく二人を席に案内して、注文を聞く。彼はコーヒー、彼女はケーキセット。最後に大江さんは、真面目な顔をしてこう付け加えた。
「俺達は、真剣に君と話がしたいんだ。バイトが終わってからでいいから、ちょっと時間を取ってくれるかな?」
……仕方がない。ちゃんと話さないと、この人達は何度でも来そうだ。わたしは不承不承ながらもこの後の約束を取り付けた。
「どうしてバイト先の店を知ってたんですか」
バイトが終わった後、わたしは近くにあるチェーン店のカフェで大江さんとその彼女──次美さんと名乗った──と向かい合っていた。
「君の友達に訊いたら、教えてくれたけど?」
大江さんはにこにこしながら答えた。多分春奈だな。あの子、イケメンに弱いから、この綺麗な顔に笑いかけられたら何でもしゃべってしまうに違いない。個人情報をみだりに漏らさないように、キツく言っとかなきゃ。
「──千佳さん。わたし達はね、24日の夜に中央公園のツリーまであなたを連れて来て欲しいって、ある人に頼まれてるの」
次美さんの言葉に、わたしは首をかしげた。ある人?
「誰ですか、それ?」
「名前を言ってもピンと来ないんじゃないかな? 君とは直接面識がないようなことを言ってたから」
大江さんが言った。一応その人の名前も教えてくれたけど、やはり知らない名前だった。
「なんでその人が直接来ないんです?」
「まず、その人は結構忙しくてね。特にこの時期は、色々大変らしくて」
「県警の刑事さんなの」
次美さんが付け加えた言葉に、わたしの手がわずかに震えた。刑事。警察官。
「言葉は濁してたけど、今も何か事件の捜査とかしてんじゃないかな。守秘義務あるから言わないだけで。24日までには片付けるって言ってたけど」
まあ、あの人が本気出したら、大抵の事件は片付きそうだけど、と大江さんは小さい声でつぶやいた。
「千佳さんも、いくら警察の人だって言っても、知らない男の人にいきなり話しかけられたり誘われたりしたら警戒するでしょ? だから、年齢の近いわたし達に行ってくれってことになったの」
「俺達、あの人には前にお世話になってるから、無碍には出来なくて。……というわけで、斉木千佳さん、クリスマスイブの日に中央公園のツリーまで来てください。お願いします」
二人してそろって頭を下げられても困る。
「前にも言いましたけど、わたしはクリスマスって嫌いなんです。それも中央公園のツリーなんて……余程のことがないと足を向けられません」
そうだ。あの夜。あの場所。
「君がクリスマスが嫌いだっていうのは、このせい?」
大江さんは何枚かの紙を取り出して、わたしの前に置いた。地元新聞の縮尺版だ。図書館かどこかでコピーしたものだろう。
一昨年の、クリスマスイブ。今年と同じように街にイルミネーションがきらめき、中央公園にはツリーが飾られ、イベントステージや出店なども出て、人々で賑わっていた夜。
そこに現れたのは、通り魔の若い男だった。そいつは、雑踏の中でいきなり大ぶりのサバイバルナイフを振り回し、辺りはパニックに陥った。
警備の警官に取り押さえられ、逮捕された男は「幸せそうな奴らを見るとムシャクシャした」「誰でもいいから殺してやろうと思った」と供述したという。
すごく陳腐だ。やってることも言ってることも、オリジナリティのかけらもない。しかも最後は自分のやったことにビビっていたというから、とんでもないヘタレだ。
だけど。
──そんな奴に人生狂わされた方は、一体どうすればいいんだろう。
去年は、事件のことを考慮してイルミネーションもイベントも中止になった。でも、今年はそれを取り返すようにイベントも大々的になっているという。
事件のことなんか知らない人も、事件なんか忘れたって人も、過去にあったことなんてどうでもいいって人も、たくさん来るだろう。そんな人達の中で、わたしはどんな顔をしていいのかわからない。
そんな風なことを、わたしは知らず知らずのうちに二人に対して語っていた。
「なるほどね」
大江さんはうなずいた。
「だったらなおさら、君はツリーに行った方がいいと思うよ。……是非見せたいものがあるんだ。君じゃないと意味のないものがね」
「見せたいもの? 何ですか?」
「それは──」
大江さんは言葉を切って、少しだけ考えるような仕草をすると、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて言った。
「……秘密」
「何ですかそれ⁉」
「ごめんね。これがうちの演劇部の芸風なの」
次美さんがすまなそうに言った。てか、芸風って。
「知りたかったら、24日にツリーまで来て。多分後悔はしないと思うよ。これは君自身にも関わることだからね」
大江さんは、美しい顔立ちに謎を潜ませて微笑んでいる。
わたしは何も言えなかった。テーブルの上には、新聞の縮尺版の文字が並んでいる。
〈クリスマスイブの賑わい、一変〉
〈中央公園のクリスマスイベントで通り魔事件〉
〈犯人は警備中の警官に取り押さえられた〉
〈「誰でも良かった、殺してやろうと思った」と供述〉
〈幸いにも、通行人に死者は出なかった〉
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