クリスマスなんて、嫌いだ。

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 クリスマスイブの日、午後6時過ぎ。  最寄り駅の改札を出ると、おなじみの二人が待っていた。 「ごめんね、時間取らせて」 「あんな思わせぶりなこと言っといて、何言ってるんですか。どうせバイト先は近くだし、ついでですついで」  結局わたしは、二人とツリーに行く約束をした。大江さんの言ったことが気になったし、時間はそうかからないようだし。バイトに行く前の時間を割いて、わたし達はツリーに向かった。  大通りはキラキラしたイルミネーションで飾られ、人々が行き交っていた。通り沿いには出店も多い。  サンタクロースの格好でケーキを売っているケーキ屋さん、雪だるまの形をした風船細工を持っている子供、子供へのプレゼントを抱えているお父さんお母さん、店頭でちゃんこ鍋を売っている居酒屋もあれば、おでんの屋台まで出ている。和洋折衷、実に日本のクリスマスだ。  道行く人達は皆幸せそうな笑顔を浮かべている。仄暗い気持ちを持っているのは、世界にわたし一人だけのような気になって来る。  中央公園のツリーまで来ると、大江さんはそこに立っていた男の人に声をかけた。 「武田さん、お待たせ」  黒っぽいコートを着た、二十代後半の背の高い人だった。その人がこちらを見る。どこか野生味のあるイケメンだが、全てを見通すような眼光の鋭さがあった。 「悪かったな。君達に手間をかけさせて」 「気にしないでください、武田さんには世話になってるんだし。──彼女が、斉木千佳さんです」  武田さんと呼ばれた人は、内ポケットから警察手帳を出して、わたしに見せた。 「県警捜査一課所属、武田春樹です。斉木隆之さんのお嬢さんだね?」 「父を知ってるんですか?」 「俺が警察官になりたての頃、交番勤務をしていた時に面倒を見てもらっていたんだ。お父さんは──」 「父は……亡くなりました」 「──知ってるよ」  武田さんは言った。  そう、お父さんは死んだ。ちょうど二年前に。 「それで、わたしに見せたいものって何ですか?」 「ああ、それならもう──ここにいる」  武田さんはすぐ側の、何もない空間を指さした。何もない。それなのに、ゆらりと陽炎のようなものが立ったように見えた。 「今、少しだけチューニングする。そしたら、もっとはっきり見えるようになるだろう。……一時的だがな」  武田さんは指を組み合わせ、口の中で何か唱えた。  と。  ぼんやりしていた陽炎のようなものは、ピントを合わせたように空間に像を結んだ。そこに現れたのは、制服姿の警官だった。その顔は穏やかな笑みを浮かべ、街の人々を見守っている。……生きていた時と同じように。 「お父さん……」  それは、わたしのお父さんの姿だった。 「一昨年の通り魔事件の時、真っ先に現場に駆けつけたのは、路上警備に当たっていた君のお父さん、斉木隆之巡査だった」  武田さんの声。 「犯人は逃げ遅れた親子連れにナイフを振りかざしていた。斉木さんは咄嗟に親子をかばおうとして、犯人に刺された。斉木さんは重傷を負ったまま、犯人を取り押さえようとした」  知ってる。 「人を実際に刺してしまったことと、刺された者がそれでもなお自分に向かって来たことで、犯人はすっかり怖気づいてしまい、大した抵抗はしなかったそうだ」  知ってる……知ってる。 「応援の警官が来て犯人が逮捕された直後、斉木さんは意識を失った。すぐに病院に搬送されたが、出血性ショックで斉木さんは亡くなった」  ああそうだ、あの夜、クリスマスケーキのロウソクを消した直後に電話が鳴って、お父さんが病院に搬送されたと知らせがあって、お母さんと一緒に病院についた頃にはもうお父さんは冷たくなっていて。 「通行人に怪我を負った者はいたが、死亡した者はいなかった。この事件の死者は、殉職した斉木さんのみだ。それが起こった現場が、まさにここなんだ」  ……そう、ここだ、ここでお父さんは刺された。そのお父さんが、今目の前にいる。 「これは……幽霊なんですか?」  わたしの問いに、武田さんは首を振った。 「正確には違う。これは、“想い”だ」 「“想い”?」 「人の強い想いは、時に空間に染み付いて残る。死ぬ間際なら尚更だ。普通は見えないものだが、波長の合った者や俺のような者なら見える。……これは、お父さんの『皆を守りたい』という“想い”が残ったものなんだよ。お父さんは、死んだ後もここで人々を守ろうとしているんだ」  わたしは、ふらふらとお父さんに向かい合った。 「お父さん……」  いつの間にか、涙がぼろぼろとこぼれていた。  ──クリスマスに、お父さんが家にいたことなんてなかった。この時期は行事も多く、年末年始は特別警戒態勢になっていて、どうしても忙しくなる。  だから、毎年クリスマスはお母さんと二人で祝うことになる。小さい頃に一度、「お父さんもクリスマスやろうよ」と言ってみたことがあるけど、お父さんは困ったように笑って、「いつか、な」と言われただけだった。 「バカだよ、お父さん……」  いつかなんて来なかった。お父さんは死んでしまって、いつかは永遠に来なくなった。  ここに来ている人達は、お父さんのことなんて覚えていないだろう。お父さんの意思だけがここに残って、皆を守ろうとしているなんて、考えもしないだろう。  誰にも知られず、感謝もされず、それでもお父さんはここで警察官として人を守ろうとしている。ホント、バカだよ。  でも。そんな姿がとてもお父さんらしくて、お父さんの生き方そのものだった気がして。そしてどうやら、わたしは、それがとても誇らしいと思ってしまっているんだ。 「バカだよ……ほんとバカだよ……」  泣き続けるわたしの頭に、何かの感触を感じた。まるで、そっと頭に手を触れたような。顔を上げると、お父さんが優しく微笑んでいる。  そのまま、お父さんの姿はキラキラした光に包まれた。街を彩るイルミネーションの光に紛れるように、お父さんは光の中に消えて行った。  お父さんの姿が見えなくなっても、わたしはしばらくその場で泣き続けていた。
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