クリスマスなんて、嫌いだ。

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 わたしは、クリスマスが嫌いだ。  まだ小さな子供の頃は好きだった。きらびやかなツリーも、美味しいケーキも、サンタさんからのプレゼントも。サンタクロースの真実を知ってしまったのは、いつだったろうか。その辺りから、クリスマスの輝きは何となく薄れて行ったような気がする。  だけど、一昨年からクリスマスが本格的に嫌いになった。クリスマスだからと浮かれている人達の姿なんか、見るのも嫌だ。  わたしの街では、クリスマス近くになると大通り一帯をイルミネーションで飾る。近くの中央公園の広場にはLEDの電飾を使ったツリーが立てられ、クリスマスイブの夜には特設ステージでイベントが行われたりする。  イルミネーション祭りは去年は諸事情で開催されなかったけど、今年からまた復活する予定だ。クラスのみんなもなんだかそわそわしている。嫌になる。 「わたし、今年は絶対、中央公園のツリーでインスタ映えする写真を撮るんだ」  友人の春奈も、ご多分にもれず浮かれていた。 「あんた彼氏いないでしょ。一人で自撮りして『いいね』稼いで、虚しくなんない?」 「なんないよ。自分の楽しみだもん。千佳こそ、そんなネガティブな考えで虚しくなんないの?」 「ならないよ。わたしクリスマス大嫌いだから」 「そうなの? 珍しいね」 「世の中、そんな奴もいるのよ」  華やかで、きらびやかで、浮かれたイベント。そんなものが、好きになれない人間もいるのだ。……あんなことさえなければ、まだこんなに嫌いになってなかったかも知れないけれど。 「ひょっとして、クリスマスに失恋でもした?」 「そんなんじゃないよ」  春菜は高校に入ってから出来た友達だ。だから、それ以前のことは知らない。多分、一昨年何があって去年イルミネーションが取り止めになっていたか、それも知らないだろう。 「千佳! すごい人が会いに来てるよ!」  クラスメイトの由美が妙に慌てた様子でわたしを呼んだ。 「すごい人?」 「いいから来て来て! 千佳ご指名だよ!」  由美に引っ張られて外に出ると、校門の前に一人の男子生徒が立っていた。同級生ではない。他校の生徒だ。  彼がこちらを向いて、わたしに微笑みかけた。途端に、きゃあ、とその場にいた女子生徒達が歓声を上げた。  まあ無理もない。そこにいたのは、近くの私立高・星風学園高校の三年生で演劇部の部長で、ここらの高校一のイケメン──というか、美少年と言った方がしっくり来るかも知れない──として有名な、大江賢治さんだった。 「君が、斉木千佳さん?」  大江さんが訊いて来た。 「はい、そうですが」  この人と特に面識があるわけではなかった。星風の文化祭とかのステージで見たことがあるくらいだ。それが、何故わたしの名前を知っているのかさっぱりわからない。 「突然で悪いけど、24日の夜は何か予定でもあるかな?」  本当に突然だ。何となく、周りの女子の眼が怖い。 「デートのお誘いなら、わたし以外の人を誘った方がいいと思いますが」  この人が幼馴染の彼女さんと付き合っているのは、近隣の学校の女子なら誰でも知っていることだ。ちゃんと彼女がいるのに、他の女子に誘いをかける人なのか。  わたしのジトっとした視線に気づき、大江さんは慌てて否定した。 「いやいやいや、別にデートに誘ってるわけじゃないよ。俺は単なるメッセンジャーでさ。24日の夜、君に中央公園のツリーの所に来て欲しい、ただそれだけ」  何それ。 「それなら尚のこと、お断りします」  わたしはきっぱりと言った。24日にツリーなんて……冗談じゃない。 「なんで?」  大江さんは、とってもストレートな質問を返して来た。 「なんでって……その日はバイトを入れてますし、ツリーに行く用もありませんし」 「別に時間は取らせないって。暗くなって、イルミネーションがついてる時間のほんの数分だけでいいそうだよ。用がないって言うなら……」  大江さんは背負っていたリュックの中を探り、一枚のチラシを取り出した。 「その日は俺達もイベントステージでパフォーマンスをするから、それを見に来がてらってのはどう? お一人様でも大歓迎」  チラシには、「星風学園高校演劇部 クリスマス特別公演」の文字が並んでいる。わたしは、謹んでそれを突き返した。 「いりません。……わたし、クリスマス大嫌いなんです。だから、クリスマス関係には関わりたくありません。──失礼します」  そのまま、わたしは大江さんに背を向けて歩き去った。どれだけイケメンでも、クリスマスのお誘いなんてごめんだ。由美や春奈が「もったいなーい」とか言っていたが、ダメなものはダメだ。  ……ツリーになんて、行けるわけがない。しかも、クリスマスイブの夜に。      ☆ 「振られちゃったね」  取り残された賢治に、一人の少女が声をかけた。賢治の幼馴染で恋人の、三枝次美だ。 「『クリスマスが嫌い』か……引きずってるんだろうな、彼女」 「当然だよね」  次美は少しだけ表情を曇らせた。 「でも、だからこそ連れて行った方がいいと思うわ。あの子の為にも」  ──そして、もう一人の為にも。 「ま、あの人に頼まれてることでもあるしな。またアプローチかけてみるさ」 「諦めが悪いのは、うちの演劇部の伝統だもんね」
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