前編

3/3
前へ
/5ページ
次へ
 意外に感じるだろうか。  だけど、本当のことだ。  いまここで、紙面の上でぐらい、こころの内を吐露してもいいだろう?  文字とは、不思議だね。  抑え隠していたはずの気持ちを、こんなにも己に突きつけてくるのだから。  それが、禁じられて然るべきことなのだと、こころに深く刻んだ時。  僕が君に抱く気持ちそのものが、歪んだ思考なのだと認識せざるを得なかった時。  社会的に下になってしまうであろう君に(とが)が向かないように、僕は、君への想いを封じ込めることにしたんだ。  学舎で指定された課程を終えて戻った僕は、徹底して君への態度を変化させることにした。  はじめは戸惑った様子だった君も、やがてそれを受け入れたことに憤りを感じただなんて、随分と勝手な言い草だ。  だけど、離れていた五年間。  君を忘れた日はなかったし、君以上の女性はいなかった。  それは今も同じだ。  なんでもない時に、ふと君を思い出す。  君が僕を呼ぶ声。  君が、僕のために作った料理。  整えられた寝室、清潔に保たれたキッチン、磨かれたガラス窓から見える庭。  そう庭だ。  君が、僕のためにと育てた植物たちは、本当に見事だった。  このご時世。乾いていない果物を食べることが出来るなんて、奇跡だと思ったよ。  君はいつだって、僕に驚きと、喜びと、温かさをくれた。  ああ。いつか本物の空が見たいね。  映像で見た、かつて水の星と呼ばれた惑星のような世界。  美しいアオ。君の瞳のような空。  底知れない青い空、透き通るような水、鮮やかに萌える緑。  僕が目指して研究してきたそれらは、この国の情勢とは真逆の方向にあるものだったけれど、君だけが信じ、辺境ともいえる場所へついてきてくれた。  それを「逃げ」だという人もいたけれど、それでもよかったんだ。  研究なんて二の次だ。  僕は、君とふたりだけで暮らしたかっただけなのかもしれない。  誰にも咎められない場所で、この先の未来をずっと、君と生きていきたかった。  遺伝子エラーで生殖機能を持っていない自分の身体。眉を顰められ、嘆息された欠陥を、僕は嬉しく思う。  優秀な子を残すためだけに、会ったこともない誰かと婚姻を結ばなくてもよかったから。  神とやらがいるのかどうかは知らないけれど、僕は「神」に感謝する。  いま、君のまわりはどんなふうだい?  君が育てた種。僕が作り、君が世話をしてくれた植物たちは、もう芽吹いただろうか。  造花ではない、生きた花を束にして、君に贈るのが僕の夢なんだ。  何故だかわかるかい?  君が言ったからだよ。  僕が、甘ったるいとバカにした恋愛小説にあった求婚の場面。  素敵ですと微笑みを浮かべた君に、僕が手ずから花を捧げ、愛を囁く。  いつか、あらゆる人類の間に壁がなくなって、なにもかもが許容されるような世界になる。  そのために、僕はいまこうして戦っている。  ねえ、ルゥ。  ずっと言いたかったことがある。  きちんと言葉にして、伝えたいことがある。  僕は君を
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加