序章

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序章

 山並みが夕焼けに染まり始めるまで私はここに佇む。欄干に凭れ、山から続く川の上流を見つめた。水無瀬川。すっかり乾いて見える川床だが地下には水が伏流している。   今日もその名の通り水がない。いや、ないわけではない。ひとたび雨が降り山からの水が流れ込むと、自分が川であったことを思い出したように激しい流れを見せる。 「あの山が(くれない)に染まる頃、もう一度ここに来る」  そう言った誠治は、行きずりの悪戯ではないというニュアンスを感じずにはおれないそんな言葉の残酷さをわかっていたのだろうか。  山並みを染める夕陽の赤に急かされるように堤防に止めた車に戻る。ロックを開けて再び川を見つめた。雨が降らなければこの川は自分の内に潜む伏流水の存在には気づかなかっただろう。伏流水は知らないだけだ。自分が川の水であり、海へと流れ出ることもできるということを。  私は知ってしまった。自分の内にまだ激しい熱情があることを誠治という雨のせいで知ってしまった。
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