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Ep.3 初恋の彼は、既に攻略されていた
あの大騒動であった婚約破棄イベントは、突如現れた現役騎士“ガイアス・エトワール”と、彼が所属している王国騎士団が第一王子をはじめとした主要人物をまとめて会場から回収してくれたお陰でどうにか収まった。
しかしそれからの数日間。本来なら卒業後はすぐに実家に帰る筈だった私は王都にある学園の寮にて足止めを喰らっている。多分、日を改めて例の階段での件の事情聴取をする為だろう。はぁ、気が重いな。
ひとりぼっちの寮の自室で、ため息をつきながらベッドに仰向けに転がった。
「結局、話しかけられなかったな……」
あの後、単なる“目撃者”である私は王国切っての凄腕騎士であるガイアスに声をかけることが出来なかったのだ。顔を見れたのも一瞬だったし、あのときの彼は私になんか目もくれなかった。本当に私の初恋の彼はあの人だったんだろうかとも思う……けど。
「ううん、見間違えるわけないよ。ずっと会いたかったんだもの」
あれから、彼の顔を思い出すだけできゅうっと痛くなる心臓を押さえつける。はぁ、せめてちゃんと話せる機会があれば……。
もう何度めかわからない寝返りを打った時だ、コンコンとノックの音がして飛び起きる。
扉を開けると、王宮に仕える専属メイドが居て、私に一通の封筒を差し出した。蝋印に刻まれてるのは、我が国の王族の紋章だ。
「国王陛下がお呼びです。セレスティア・スチュアート様、王宮までご案内致します」
『ご案内されたくないです』とは言えないまま、私はこの国で一番偉い人が待つ王宮まで向かった。
「では、失礼致します」
「えぇ、案内をありがとう」
てっきり謁見の間的な場所に連れて行かれるのかと思っていたら、案内された先はなんと王様の私室だった。えっ、待って逆に緊張するんですけど!?
扉を守っている二人の兵士に入るように促されて、びくびくしながらそっと中に入る。
室内には、やっぱりと言うかなんと言うか。
あの婚約破棄イベントの当事者達が集められていた。私に勧められた席の向かいには、第一王子の腕にしっかりしがみついたアイシラちゃん。
右隣の席では、今日も麗しい男性陣に囲まれたナターリエ様が優雅に紅茶を飲んでいる。そんなナターリエ様のソファーの後ろに、漆黒の髪の騎士・ガイアスも控えていた。
その穏やかだけどと凛としたたたずまいに、さっきまでとは違った緊張で胸が痛くなる。
「さて、いきなり呼び立ててすまなかったなセレスティア嬢。だが、大体の用件は検討がついているだろう?」
あくまでもたおやかに微笑んだまま切り出した陛下の声で、部屋の中の空気が一気にピリッとなった。うへぇ、怖いなあもう。
が、逃げるに逃げられない以上はさっさと話を終わらせるに限る。私は素直にうなずいた。
「先日の卒業パーティーでの、殿下とナターリエ様の婚約破棄についての件ですね?」
「左様だ。その際の一部始終は、そこに控えているガイアスから報告を受けている。愚息が見苦しいところを見せてしまい、申し訳なかった」
そう言って頭を下げた陛下の隣で、ガタンと第一王子が立ち上がる。彼にしがみついたままのアイシラちゃんが、にやりと口角をあげた。
「父上っ、なんども申し上げたでしょう!元を正せば、悪いのはあの女だと!」
叫ぶ第一王子がビシッとナターリエ様を指差すが、当のナターリエ様はガン無視である。それが勘に触ったのか、第一王子とアイシラちゃんの目付きが変わった。
そんなナターリエ様を庇うように立ち位置を変えたガイアスの姿に、胸がキシリと痛んだ。
「この期に及んでなお、なんと可愛げのない……っ」
「失礼ながらわたくし、証拠もないままに女性を人前でふしだらな女扱いするような殿方に対する礼儀作法は学んだことがございませんの」
「なんだと……っ!?」
「黙らぬか二人とも!口を慎め!!」
しかし、一触即発なナターリエ様と第一王子の言い合いを陛下の一声が諌めた。流石は皇帝、大迫力だわ。私までびっくりして一瞬びくっとしちゃった。
黙りこんだ二人を見てやれやれと肩をすくめた陛下が、改めて私を見る。
「と、まぁ御覧の通り。あれから数日に渡り関係者には事実確認の為の事情聴取を繰り返し行ったのだが、今のような『やった、やっていない』の押し問答が続いている状況でな。話を聞くにどちらの言い分からも矛盾も見当たらない。このままでは埒が飽きそうにないと、ほとほと困り果てて居るのだよ」
うん、そうですよねぇ。だってアイシラちゃんもナターリエ様も、本来ならどうなる筈だったかをはじめから知ってて対処してるんだもん。どちらが嘘をついてるにしても、そう簡単に暴ける筈がない。
しかし、未来の国王と国母になる筈であった二人が、国内の有力貴族達も集まっていたあの場で盛大に婚約破棄と言う醜聞を晒してしまったのだ。うやむやには出来ない。
婚約の破棄自体はもう確定だとしても、どちらに非があるのかがわからなければ罰しようがない……というのが、陛下の言い分であった。
つまり……と、嫌な予感に冷や汗が止まらない私に、とても三児の父とは思えない皇帝陛下がにっこりと微笑んだ。
「そこでだ、唯一愚息達の関係を掴む手がかりとなる一件の目撃者である貴女に、正式に裁判での証言を頼みたいのだが」
ほら来たーっ!やっぱそうなりますよね、じゃなきゃこんなきらびやかなお偉いさんばかりの場所にこんな髪はパステルピンクで目も淡い水色の地味ーな容姿(この世界では髪も瞳もビビッド系の強い色の方が好まれるのだ)の貧乏伯爵令嬢が呼び出されるわけないですもんね!
「で、ですが陛下、私は……」
「あぁ、わかっている。貴女がアイシラ嬢が階段から落ちた一件の記憶が曖昧だと言うことは。失礼ながら、原因も調べさせてもらったが……。当事、貴女は事件と同じ時期に大切な人を亡くしたそうじゃないか。恐らく、その心の傷をごまかす為に当時の記憶を無意識に封じてしまったのであろう」
その瞬間、流石に第一王子やアイシラちゃん、ナターリエ様まで固まった。驚いたらしい。
一方、陛下の指摘が的を得すぎていて咄嗟に何も言い返せなかった私の態度を肯定と見なしたのか、陛下が痛ましげに眉を寄せつつも話を続ける。
「セレスティア嬢。正式にエドワードとアイシラ嬢、そしてナターリエ嬢の件に沙汰を下すまで一年間の猶予がある。そこで相談なんだが、もう一年間王都に滞在し、記憶の専門医から治療を受けて見ぬか?正確な記憶を取り戻し、裁判で証言をしてくれた暁にはもちろん褒美も取らせる。悪い話ではなかろう?」
『正しいケアを受ければ記憶も取り戻せよう』と陛下が笑い、一斉に他の人々からも注目される。うわっ、期待に満ちた眼差しが痛い……けど、もう一年王都に滞在は駄目だ。
私は静かに首を振った。
「申し訳ございません、陛下。今、我が家は女主人が不在な上、金銭的に不安定で侍女もろくに雇えていない状況にございます。そんな環境な上、まだ幼い弟達も居るのです。ですから私は、すぐにでも故郷へ……スチュアート伯爵家へ戻りたいのです。これ以上、王都に滞在する訳には参りません」
い、言っちゃった……!
途端にしーんと静まり返った空気が怖くて顔をあげられない私の肩を、陛下がぽんと叩いた。
「……心の優しい娘じゃな、これなら信頼出来よう」
「え?」
「こちらの話だ。……よかろう、ならば今後一年間、月に一度定期的に検診を受けに来て記憶の回復に勤めよ。それを誓えるのであれば、貴女が故郷へ戻ることを許そう」
「……っ!本当ですか!?」
おぉっ、勇気を出して言ってみるもんだ!
スピカ、ソレイル、ルナ、ルカ、お姉ちゃんもうすぐ帰るからね!
「正し、故郷へ帰している間に大事な証人に万が一にも逃亡されたり、誘拐や暗殺をされては敵わないのでな。監視をつけよう」
喜んだのも束の間。急転直下で叩きつけられた現実にフリーズした。
え、ちょっと待って、今何か色々物騒な言葉が聞こえた気がしたんですが……?
「あ、あの、陛下?監視、とは……?」
「いった通りの意味だが?セレスティア嬢が故郷に帰る一年間、表向きには“護衛”として、我が王国騎士団の信頼できる騎士を貴女と共にスチュアート伯爵領へ向かわせよう。さて、誰が良いか……」
にこやかに鬼畜な事を言い出した陛下から、ナターリエ様親衛隊の皆様がさっと視線を逸らす。中には私を睨み付けてくる人まで居るけど、そんなに嫌ですか、そうですか。そうですよね、だって私と一緒に来るってことは、王都で暮らしてる大好きなナターリエ様と一年も離れて暮らさなきゃいけなくなるってことだもんね。
でも、私だってモブでも女の子。見目麗しいイケメンたちにそんなあからさまに“お前なんか嫌いだ”オーラ出されたらいくらなんでも傷つくよ……!
(せめて、来てくれるなら少しでも面識ある人がいいな……)
「おや、セレスティア嬢はガイアスが気に入ったか?」
「へっ!?」
しまった、私無意識にガイアスの方見てた!?
「それに確か、ガイアスの故郷はスチュアート伯爵領の近くであったな。ならば決まりだ。ガイアスよ、そなたは本日より一年後の裁判までの間、スチュアート伯爵領へ遠征し、セレスティア嬢の身柄を保護するのだ。良いな?」
『違うんです』と言おうとしたが、それより先にさらに笑みを深めた陛下が壁に控えていたガイアスに先に命を下してしまった。
他のナターリエ様親衛隊みたく私に敵意こそ向けないものの、こちらを見向きもしないままにガイアスが困ったように眉を寄せる。
「しかし陛下、私などまだまだ未熟でございますし、重要参考人の護衛を一人でなどまだ難しいかと。それに……」
と、そこで言葉を濁したガイアスの紺碧の瞳が、ソファーに座ったままのナターリエ様を見た。
視線に気づいたナターリエ様が、そっとガイアスの手を両手で包む。
「……ガイアス、わたくしからも頼みます。こうなってしまっては、彼女の記憶のみがわたくしの無実を証明する唯一無二の希望です。ですから、貴方が彼女を護ってください」
「……畏まりました。貴女様の御心のままに」
(って、おーい。私の意思は誰も聞いてくれないんですかー……?)
結局潤みきった上目遣いのナターリエ様に絆されたガイアスが私の護衛を引き受けて、結局私はガイアスと二人で馬車に乗って故郷に戻ることになったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
と、そこまでが昨日の出来事で。現在私は、陛下が用意してくれたそれはそれは立派な馬車に揺られ、故郷へと向かっている。
そして、向かいに座っているのはもちろん、漆黒の髪の騎士・ガイアスである。
かれこれ出発してから一時間ずーっと無言!いくら気になってる相手とでも流石に気まず過ぎる!
ので、とりあえず当たり障りのない話題から話しかけてみることにした。
「あ、あの!ガイアス様、この度は私の為に一緒に来ていただくことになってしまってすみませんでした!」
「ーー……」
「極力ご迷惑はかけませんし、出来るだけ速く思い出せるよう努力しますから!一年間だけですが、仲良くしていただけたら嬉しいです」
「ーーーー……」
「あ、あの、ガイアス様……?」
「はぁ……うるせぇ女だな。こっちが話したくないのがわからないのか?」
「え……っ?」
あ、あれ、おかしいな。昨日皆が居たあの部屋ではあんなに穏やかな雰囲気だったのに。幻聴かな?
「ふん、間抜けな面だな。中身の残念さが滲み出ていて笑える」
唖然とする私を見て、鼻で笑ったガイアスが意地悪く笑って指をビシッと私に向けた。
「いいか、俺はあくまでナターリエが望むから来ただけで、お前と親しくなるつもりなどない。ナターリエ以外の女は信用出来ないんでな。深く関わる気もないし、第一気軽に名前を呼ぶな」
「えっ、で、でも私、昔、貴方に……っ」
「昔?ふん、忌み子と虐げられ全てを奪われた過去なんて、ナターリエに救われ彼女の騎士になると決めた時に全て捨てたさ」
そう吐き捨てるように笑う顔に、昔の面影はない。
ショックで呆然としてる間に、馬車は私の実家の前にゆっくりと停車した。仮にも令嬢で護衛対象のはずの私を無視して、ガイアスがさっさと馬車から降りていく。
「着いたようだな。いいか、俺はここに長居する気は更々ない。『思い出せない』なんて甘ったれていないで、一刻も早く真実を思い出してくれよ、“セレスティア嬢”。それまでは、大変不本意だがお前の安全だけは保証してやる」
『じゃあな』と去っていたその背中は、あっという間に見えなくなった。
とりあえず、色々まだ混乱してるけど、わかったことがいくつかある。
ひとつ。ガイアスはナターリエ様の前では彼女が望む理想の騎士を演じているが、他の女の子には鬼畜。
ふたつ。ガイアスは多分私と昔会ったことを覚えていない。
そしてみっつ。ガイアスは、ナターリエ様が好き。
馬車から降りようとした足がもつれて、ドレス姿のまま地面にへたりこんだ。出迎えに出てきてくれてた一番目の弟があわてて駆け寄ってきてくれるのが見える。
「ーっ!?セレン姉様、大丈夫ですか!?」
「えぇ、ありがとうソレイル。大丈夫よ……」
貧乏とは言え貴族に生まれ、優しい家族に恵まれている。モブとは言え、私はずっと幸せだった。これからも、そんな大それた幸せを願うつもりはないけれど。
でも、でもさぁ……!と、ワナワナと怒りに肩を震わせる。
~Ep.3 初恋の彼は、既に攻略されていた~
『神様、こんなのあんまりだーっ!!!』
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