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Ep.50 初恋は儘ならない
穏やかな静寂を取り戻した花園の中心。そこで静かに眠っていらっしゃるだろうガイアのお祖父様とその奥様に向かって、2人で手を合わせた。
お祖父様の方のお墓に手でそっと触れてから、ガイアがゆっくりと立ち上がる。
「……もう良いの?」
「あぁ……。こうして見つけられただけで十分だ」
そう笑うガイアの表情は、今までで一番、穏やかで。憑き物が落ちたように晴れやかだった。
だから、私もただ彼の隣に並んで、眠る2人の冥福を祈りつつ。どうしても気がかりな事があって、ちらっと横目で彼の横顔を覗き見てみた。
(さっきは戦闘でバタバタしてて普通に聞き流しちゃったけど、記憶の事聞いても良いのかな……?)
多分、きっと、もしかしたら。初めて出逢ったあの日の事、思い出してくれたんじゃないかと思うんだけど。でももし聞いてみて違ってたら、確実に恥ずか死ぬ自信があるし、と頭の中でぐるぐる考えて居たら、ガイアの指先が不意に髪に触れた。
「ひゃっ!ど、どうしたの?」
「はは、ごめん、驚いたか?花弁が付いてたからつい」
白いハート型の花弁を指先でクルクルと回してから、ガイアがそっと手を離す。自由になった花弁は、他の花弁達と一緒に風にさらわれて空に舞い上がって行った。
「……セレンが破けてしまったこれに入れてくれた刺繍の花も、こんな形の花弁だったな」
至極穏やかな表情で、何でもないように、空を見上げながら溢したガイアのその言葉に目を見開く。
「ガイア、それって……!」
「ずっと、また会いたいと思ってたんだ。このハンカチーフを直してくれた子に。どうしても、伝えたい事があって」
じわっと、目頭が熱くなって俯いた。
(ようやく、思い出してくれた……!)
『やっと』と、思わず呟いた声に、全く同じ単語が重なる。ガイアの声だ。
片手で肩を掴まれ抱き寄せられたかと思うと、アゴに手を添えられ俯いた顔を上げられる。真剣な眼差しと今にも唇が触れそうな距離に、思わず息が止まった。
恥ずかしさとドキドキで死んでしまいそうなのに、ガイアの目があんまり真剣だから。
(どうしよう、目が、離せない……)
「セレン、俺は初めて会ったあの日から、お前の事が……『『ねーさま、みーつけた!!!』』ーっ!!?」
「きゃっ!えっ、ルカ、ルナ!?」
突然後ろから飛んできた元気な声が、ガイアの言葉を遮った。彼に何を言おうとしたのか聞き返す間もなく、我が家の末っ子2人が私の胸に飛び込んでくる。
「貴方達、どうやってここに……?」
「「ピカピカのナイフといっしょにとんできた地図をみてさがしにきたの!!」」
な、ナイフ?地図がナイフと飛んでくるって、どういう状況?
「姉上が拐われ、ガイアスさんが本に吸い込まれた後、家の玄関に地図が縛り付けられたこの投げナイフが刺さっていたんですよ」
「ソレイユ!スピカまで……」
「お姉様!よかった、ご無事で本当によかったです……!」
末っ子2人より少し遅れて現れたスピカを、『心配かけてごめんね』と抱き締めた。
その間にソレイユはガイアに今話に出てきた投げナイフを差し出す。
「 もしかして、お邪魔しちゃいました?」
「お前、わかっててわざと聞いてるだろう……!」
ボソボソと話している会話は聞き取れなかったけれど、項垂れているガイアの機嫌が悪そうだ。ソレイユったら、また何か失礼なこと言ったのかしら……。
「……このナイフはうちの騎士団でも限られた者しか持たない品だな。字にも見覚えがある。あいつ、何のつもりでこんな地図を……」
『先に俺に送り付けてきた地図も、ここを指し示して居たんだな』なんて、ナイフをクルクルと回しながら難しい顔でガイアが呟く。いまいち全容はわからないけど、どうやら誰かが私が拐われたこの花園までの地図を私の家族に届けたことと、その“誰か”にガイアは心当たりがあるであろう事はわかった。
「「ねーねー、少し遊んでいいー?」」
「えっ!?駄目よ、ここはガイアのお祖父様達の……」
「いいよセレン、この場にある花や石を持って帰らないなら構わないさ」
ガイアがそう許可を出すなり、双子は花の海を泳ぐようにはしゃぎ始めた。そんな2人をスピカが慌てて追いかけていく。それを微笑ましく見送ってから、ガイアの方へ振り向いた。
「さっきはルカとルナが邪魔しちゃってごめんね。何て言おうとしてたの?」
「ーっ!?あ、あぁ、いや、その、それは……」
すごく重要そうな話だったから聞き返したけど、ガイアの 歯切れは悪い。視線を逸らして片手で覆った口元から、小さく『参ったな……』なんて呟きが聞こえて首を傾げた。
「あー……、お邪魔しちゃ悪いんで僕もあっち行ってまーす。ガイアスさん、頑張って下さいね。かなり手強いですよその人」
「あぁ、既に痛感してるよ……!」
「……?」
なにやら意味深な会話をしてソレイユも去っていった。首を傾げる私を見て、ガイアがばつが悪そうに髪をかき上げる。
「わざわざ聞き返すって事は、本っ気でわかってないんだろうなぁ……。まぁでも、俺の自業自得か」
「え?」
きょとんと首を傾げた私に苦笑いをひとつしてから、またガイアが真面目な顔になった。
「……なぁ、お前はいつから気がついてたんだ?俺と、子供の頃に会ってた事」
そう聞いてきたガイアの瞳が切なげに揺れていて、ちょっと考えたけど……私は、素直に答えることにした。
「うーん……去年の卒業パーティーの日、会場でガイアの顔を見たときから、わかってたよ」
「何だよ、一番最初からじゃないか」
そう呟くその声は、消えてしまいそうに弱々しくて、自責の念みたいなものが確かに滲んでいた。
「……なら、尚更。恩があることも忘れて散々な態度取ってた俺は、かなり嫌な奴だったんじゃないか?」
「そんなことないよ」
「即答!?」
驚いた声を上げたガイアに、クスクスと笑う。この程度で嫌いになると思われてたなんて、私の初恋も舐められたものねと。
「覚えていようが覚えていまいが、私はまたガイアに会えて、一年間も一緒に居られて、それがすごく嬉しかった……よ!?」
最後まで言い切る前に抱き締められて、ガイアの胸に顔を埋めさせられた。
「勘弁してくれ、これ以上そんな健気な事言われたら、我慢出来なくなる……」
耳元で吐息混じりにそう呟かれて混乱してしまう。我慢?我慢って、何の……??
「本当はもっときちんとしたタイミングで伝えたかったが、セレン、俺はお前が、好……」
ブウゥゥゥゥンッといきなり響いた謎の音に、またもガイアの声が遮られた。
同時に離れて遊んでいた筈の子供達の悲鳴が響く。声がした方を見ると、以前ガイアが倒した時の三倍以上巨大なキラービーが花園の上を旋回していた。
ブンブンと飛び回るそのキラービーの頭に冠のような物が見えて、前に聞いた話を思い出す。
「あれがキラービーの女王!?なんでこんなところに……!」
「あの馬鹿所長が使った竜玉は強大な魔力の塊だからな。女王は魔力を源に卵を産むからその力を狙って寄ってきたんだろ」
「なるほど……、ってちょっとガイア!近づいたら危な……んっ!」
バサッとマントを投げつけられて言葉に詰まった私を余所に、ガイアは手ぶらで女王に近づいていく。
旋回から急に向きを変えた女王がガイア目掛けて凄まじい速度で飛んでくる。目で追いきれない速さのそれを、ガイアが片手で思い切りぶっ飛ばした。
ドンと言う鈍い音がして天高く飛ばされるキラービーの女王を、私達は唖然と見上げる。
「紅蓮の業火よ、我に仇なす敵を灰塵と化せ。エクスプロージョン!」
その一撃で、女王は一瞬で消し炭になってしまいました。ぽかーんとただ成り行きを見ている私達の前で、空から落ちてきた女王の魔石を片手でパシッとキャッチしたガイアが言う。
「ふん、一昨日来やがれ、虫けらが」
静かに言い放つその姿を見て、本気の彼の強さを改めて思い知る私達なのでした……。
~Ep.50 初恋は儘ならない~
『うっわぁ瞬殺!ガイアスさん滅茶苦茶怒ってるじゃないですか、結局言えなかったんです?』
『誰のせいだと思ってんだ!くそっ、どいつもこいつも邪魔しやがって……!』
一難去ってまた一難。想いを伝えられる日は、もう少し先になりそうです。
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