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Ep.56 『時を待て』
「夜分にすまない、邪魔するぞ!」
ガイアが勢いよく扉を蹴破って押し入ったのは、王宮の北棟に位置する王立魔術研究所だった。
国の紋章入りの白衣をまとった若い研究員さん達が一体何事かと集まってくる。
「は、白竜騎士団の副団長様!?一体騎士様がこんなしがない研究所に何のご用で……!」
「いや、だが黒の騎士様は長髪のはずだろ?髪を見てみろ、短いぞ。追い返した方が良いんじゃないか……?」
混乱させてごめんなさい皆さん、それはガイアが過去の清算としてバッサリ切っただけです……!
「あ、あの!突然非常識な時刻にもかかわらず押し掛けてしまい申し訳ありません。ですがどうしてもこちらの職員の皆様に確認させていただきたいことがございましてこうしてお邪魔した次第です。どうか、少しで構いませんので上の方にお取り次ぎ願えませんでしょうか?」
まだ動揺を隠せない様子のガイアの腕を軽く引いて彼の前に立ち、簡素なドレスの裾を持ち膝を折る。ガイアも敢えて私から一歩下がり、丁寧に頭を下げた。
所作から私が貴族令嬢だとわかったらしく、追い返す算段を立てていた研究員達が困惑した様子に変わる。でも、その中に、先日サフィールさん達とスチュアート伯爵領に来ていた研究員さん達は居なかった。
「お、お話はわかりました。話は上の者に通して置きますが、何分もう時刻も遅いので今夜はお引き取りを……」
「それじゃあ間に合わないんだ!」
そう声を荒げたのはガイアだ。
明日、私とガイアは陛下に謁見する。出来ればその場で、さっき手に入れたこの訃報の真偽を問い、場合に寄っては再調査を嘆願するつもりだ。その為には、今夜中にこの事件の真相を探っておかなければならない。
ただならない様子を感じ取ったのか、研究員さん達はただただ困った様子で互いの顔を見合わせた。
「一体何事じゃね、騒々しいのぉ……。仮眠中じゃったのに、目が覚めてしもうたわい」
少ししゃがれたおじいさんの声を合図にざわついていた若い研究員達がザッと左右に割れる。その間を縫って現れたのは、仙人みたいな木製の杖をついたおじいさんだった。
「代表……!申し訳ございません、すぐにお引き取り願いますから!」
研究員の中で一番上の立場らしき男性が私達とお祖父さん……改め、代表さんの間に割って入る。
でも、そんな仁王立ちの部下から視線をずらした代表さんは、ガイアの髪を見るとスッと片手をあげた。
「……いいや、その必要は無い。皆、下がりなさい。この方々はわしの客人じゃ。そろそろお越しになる頃だと思うておりましたぞ、古の魔の力を継ぐ者よ」
ガイアに向けられたであろうその言葉に、一気にまたざわつく若い研究員達。それを気にも止めない様子で、代表さんが『どうぞこちらへ』と歩き出す。
「……どうする?何だか話が上手すぎて逆に怪しいけれど」
「仮に罠だとしても返り討ちにするまでだ、行こう」
2人で目を見合わせてから、気を引き締めて代表を追う。もう、私達を止めようとする研究員は一人も居なかった。
案内された先は、簡素なベットと薬品棚があるだけのシンプルな部屋だった。仮眠室だろうか。
キョロキョロと部屋中を見回す私に対し、ガイアは代表さんの動きを一挙手一投足見逃すまいと鋭い眼差しを向けている。
「なぁに、そんなに警戒せんでも、わしはお前さんの祖父やサフィールと違いただの知識しか能の無い老いぼれじゃ。黒の騎士様と名高い主に戦いなど挑むわけが無かろうて」
いかにも気のいい老人っぽく笑う代表さんが、本棚の本をあっちへこっちへと並び替えながら言う。その態度に焦れたガイアが懐から一枚の紙を取り出し代表さんの目の前に突きつけた。つい先ほど街で拾った、サフィールさんの訃報が書かれた号外記事だ。
「そんな御託は結構だ!それより、この記事は一体なんなんだ!?殉職なんてあり得ない、あの日、魔物は全て倒しきってから彼等を帰らせた筈だ!」
相手がご高齢なこともあって手までは出さないものの、詰め寄るガイアの姿に余裕はない。誉められた態度でないことは重々わかっているけれど、無理もないだろうと思う。
天涯孤独に生きてきて、ようやく気を許せた保護者に近い存在。それが、出会えてほんの数週間後に不可解な死を遂げたと聞いて、まだ二十歳の若者がどうして冷静でいられるだろう。
彼の心境を思うと、とても不用意な言葉はかけられなかった。
「まあまあ、落ち着きなさいて。若者はせっかちでいけない……。そんなに慌てずとも」
カチッと、部屋に流れる重たい空気を絶ち切る軽い音がした。
途端に、足元の床いっぱいに光輝く魔方陣が広がる。
(これって、ガイアのお祖父様のお屋敷の時と同じ……!)
「何を聞きに来たのかは、ちゃーんとわかっておるわい」
振り返って微笑んだ代表さんが、手にしていた杖で床を一度突く。それを合図にしたように、私達は別の空間に転移した。
トン、と、至って軽く着地した筈の足音が、いやに長く余韻を残してから消えていく。
魔方陣に導かれ移動した先は、全面鏡張りの巨大なホールのような場所。そこに五芒星を描くように、赤、青、黄、白、そして黒の水晶の柱が立っている。
「ここは……?」
「ここは、我が国が所有している竜玉を要に魔力を制御している結界部屋じゃ。と言っても、今はひとつしかこの場には竜玉はないがのぉ」
そう言われてから、改めて柱を見てみる。中の台座に竜玉が嵌め込まれた赤の柱だけが淡く輝いていて、他の柱は暗いことに気づいた。それから……、黒の柱にだけ、大きな亀裂が入っていることにも。
(あれってまさか、ガイアが竜玉を破壊したから……!?)
「お前さん達、サフィールの安否を聞きに来たんじゃろう」
「……あぁ、そうだ。あれほどの実力者が、そう簡単に殺られるなんて考えられない。こんな不審点だらけの事件に対して、国は調査を行わなかったのか?」
「まさか、調べたとも。国内の高位貴族が抱える優秀な兵を使ってな。じゃが、調査は打ち切られた。表向きには“替え”が利く研究員の死の真相より、もっと明らかにしてはならない事がわかったからの」
杖をピッと伸ばし、代表さんがヒビだらけの黒の柱を示す。ガイアが小さく舌を鳴らし、私は息を呑み呟いた。
「国宝である、黒の竜玉の盗難……!」
「左様。この国にある多くの技術のエネルギー源は、魔物から得た“魔石”。竜玉はその最たるもので、確かに甚大な力を持つが……扱いを誤れば、簡単に国ひとつ滅ぼす代物。じゃから、代々王立魔術研究所の代表がその管理と保護を任されていた。国に忠誠を誓った、ある“黒持ち”の男が作り出した、この結界のなかでな」
「そんな危険物をみすみす盗まれたと知られれば国の信頼問題になる。だから、厄介事が明らかになる前に揉み消されたと……!?ふざけるな!」
「所詮、一部の権力者に取ってわしら一般人の命など駒に過ぎん。陛下はそうでないのが唯一の救いじゃが、やり切れんのは事実じゃのぉ……」
ガイアの怒りに同意して、代表さんも悲しげに肩を落とす。
『じゃが、気落ちするでないぞ』と、そのしわくちゃの手がそっとガイアの背に触れた。
「確かに真相はわからぬが、安心なされよ若者よ。サフィールは生きておる」
「……っ!」
「本当ですか!?」
食い付いた私達に、代表さんが『勿論だとも』と頷く。
「術者が息絶えれば結界も消える。この空間が残っていることが、何よりの証拠じゃ」
「そうですか……!よかった、ね、ガイア……っ!?」
そう彼の方を見てハッとした。
「生きてるのか……、そうか……。よかった、本当に……!」
心底安堵したその姿に、かなり気が張り詰めていた事がわかる。握りしめられたその手が震えてることには気づかなかったふりをして、然り気無く手を繋いだ。
「だったら尚更、この話は曖昧に出来ません。明日の謁見で陛下にお話を……!」
「まぁ待ちなさい。誰が明確な敵かわからぬまま、一体何を話すんじゃ?」
その問いに押し黙った。そうだ、確かに目処はついてるけど、私達は竜玉を盗んだ人物の罪を暴く証拠を持ってない。下手したら、竜玉を破壊したガイアが逆に罪に問われてしまうかもしれない。
「腐敗した木は、枝を切り落とすだけでは結局何も変わりはせん。じっくりと、入念に下準備をし、一気に根本を絶ち切らねば」
「……つまり、俺達にはまだ準備が足りないと?」
「急いては事を仕損じる、と言うじゃろ?今は焦らず、周りを知るのじゃ。人の心は複雑なもの……。敵と思うていた者が味方であったり、またその逆も然りじゃ。努々、油断なされるな」
『さぁ、わかったら帰りなさい』と代表さんが杖で床を叩く。
強い光に包まれて、ふわりと足が浮かび上がった。
「あのっ、サフィールさんは今どこに……!」
「それはわしにもわからん。ただ、君らに言伝ては預かっているぞ」
「『今は焦るな、時を待て』」
その一言を最後に、ブワッと浮遊感を感じた。
気がつくと、お城の中庭に立っていた。2人きりで、手を繋いだまま。
「……今はきっと、我慢の時なんだな」
夜でも明るい王宮を見上げてガイアが呟く。自身に言い聞かせているような言い方だった。
繋いだ手の力を少しだけ強めて、佇んでいる彼に寄り添う。
(……今すぐは無理でも、必ず真相を暴いて見せる)
切なさを滲ませるガイアの横顔に、こっそり誓いを立てながら。
~Ep.56 『時を待て』~
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