Ep.60 モブ令嬢、ヒロインに恩を売る

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Ep.60 モブ令嬢、ヒロインに恩を売る

「大体、由緒ある学園の卒業パーティーであのような騒ぎを起こしておいてまだ王宮に留まれるだなんてふてぶてしい女ですこと!」 「全くですわ、庶民と言うのは皆あなたのように厚顔無恥(こうがんむち)なのかしら?嘆かわしいこと!」 (嘆かわしいのはこんな夜中に立場の弱い女の子を取り囲んで罵声を浴びせている貴女達の方でしょ!)  そう叫びたいけど、何も言い返さないヒロインちゃんを取り囲んでいるご令嬢達は私の家より明らかに爵位が高そうだし、下手に私が彼女を庇い立てると裁判の際の私の証言に公平性が無くなる。それは後々困るので、ゲームの悪役令嬢よろしくヒロインいじめに勤しんでいらっしゃる彼女達には、自分から撤退して頂きましょう。 (丁度手芸の材料を鞄に入れっぱなしで良かったわ)  東屋の影に隠れて薄明かりを頼りにチクチクと針を刺していく。対いじわる令嬢兵器が丁度完成した頃、背後でドンッと音がした。 「泣くなり謝るなりしたらいかがですの?生意気ですわ!」 「痛っ……!」 「……っ!(大変!)」  リアクションが無いことに焦れた令嬢の一人がヒロインちゃんを突き飛ばしたのだ。柱に背中をぶつけて顔をしかめているヒロインちゃんの姿に慌てて立ち上がり…… (喰らいなさいっ、特製ゲテモノぬいぐるみ攻撃!)  即席で作ったフェルト製の蛇や、クモやらカエルのぬいぐるみを思い切り彼女達の頭上にぶちまけた。  しん……っと、一瞬静まり返るいじわる令嬢達。 「「「いっ、嫌ぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」」」  そして数秒後、この世の終わりのような悲鳴を上げて全員我先にと走り去って行った。やったわ、作戦大成功!  逃げ出した弾みでリーダーらしかった令嬢の頭から落っこちたカエルさんを拾って、草影にしゃがんだまま土ぼこりを軽く叩く。 (投げちゃってごめんね。それにしても、かなり可愛めにデフォルメして作ったのに効果てきめんだったなー。さてさて、ヒロインちゃんは大丈夫かしら……あら?)  そうっと葉っぱの隙間から目を覗かして東屋の様子を伺うけど、ヒロインちゃんはそこには居なかった。生け垣の隙間の穴から目だけ出している間抜けな姿のままパチパチとまばたきを繰り返す。 (驚いてヒロインちゃんも一緒に逃げちゃったかな……?悪いことしちゃった) 「ねぇあんた、隠れてないで出てきなさいよ」 「ひっ、ひゃぁぁぁぁぁっ!?」  じゃあ私も帰りますかと思ったその時、生け垣の向こう側からいきなり大きな瞳が現れた。びっくりしてひっくり返ったときに地面にぶつけた頭を片手で擦っていたら、頭上から笑い声が降ってきた。 「あはははははっ!何してんのよ、間抜けねぇ」 「えっ!?あっ、アイシラ……さん?」 「何よ、こんな美少女が他に居ると思う?ほら、とにかく立ちなさい。服、シワになるわよ」 「あ、ありがとう……!」  大爆笑しているヒロインちゃん……改め、アイシラちゃんが片手を差し出す。流されるままその手を掴めば、片手で軽々立ち上がらされた。え、何この子、こんなイケメン系女子だったっけ?確かもっとこう、いかにもなあざと可愛い系だったような……? 「ありがとうはこっちの台詞ね。あいつらにここに引っ張って来られる間こっちを見てきたモブは他にも居たけど、素通りせず助けようと動いたのはあんただけだったわ。ま、突き飛ばされた時点で正当防衛でやり返してやる気だったし、余計なお世話だったけどね」  唖然とする私をスルーしてペラペラと話すアイシラちゃんの手がカエルのぬいぐるみをつまみ上げる。 「でも、さっきのあいつ等の間抜け面は最っ高!これあんたが作ったわけ?すごいじゃない。本当に手芸得意なのね」 「ーっ!あっ、ありがとう!一番の自慢なの!初恋の人とも、手芸(これ)がきっかけで友達になって……」 「だから、お礼を言うのはこっちだってば。それより、卒業式からずっと気になってたんだけど……」  少しトーンを落としたアイシラちゃんの声が、夜の7時を告げる王宮の鐘に遮られる。ハッ、大変!門限が!!! 「ーっ!ごめんなさい、私お部屋に戻らないと!」  アイシラちゃんの手を掴み、人通りが割りと多そうな廊下まで走って引っ張る。 「この道からなら安全に帰れるかな?さっきの子達はもう来ないと思うけど、ヒロインって巻き込まれ体質の子が多いみたいだし気をつけてね!じゃあさよなら!」  散らかしたぬいぐるみはきちんと鞄に詰め込んで、パタパタ走り去る私。  弾みで落ちた一個を拾ったアイシラちゃんがずっとこちらを見ていたことには、気がつかなかった。 「セレン!お前……っこんな時間まで何処に居たんだ!」 「ごめんなさいっ、ちょっと色々あって……!」  走って戻ると、丁度部屋の前の廊下でガイアに出くわした。やっぱり心配をかけていたようで、私の顔を見るなりガイアの肩からほっと力が抜ける。 「全く、本当に油断も隙もないな……。あまり心配をさせるなよ。また変な男に目を付けられたりしたら堪ったものじゃない」 「はい、ごめんなさい……!で、でも今日会ったのは女の子だから大丈夫だよ!」 「……?一体誰に会ってきたんだ?」 「え!?それはその……内緒!」  すべての事の発端であろうヒロイン《アイシラ》ちゃんと邂逅したなんてとても言えない……!と、唇に人差し指を当てて“しーっ”のポーズを取れば、ガイアがサッと顔を背けた。気に触ったかな……? 「~っ、何だよ今の仕草、可愛いな……!」 「……?なんて??」 「何でもない。それより、陛下から任務の依頼だ」 「え?」  ひとつ咳払いをして真剣な表情に変わったガイアが懐から王家の紋章入りの封筒を取り出す。  中には、侍女にすら気を許さず無駄話をしない第一王子様の想い人、アイシラ・メール嬢の“話し相手”として会いに行き、懇意になって話を聞き出して欲しいとの潜入任務の依頼が仰々しい書体で記されて居たのでした。 「……卒業パーティーでの振る舞いを見るに、あの娘もかなり曲者だろう。嫌なら俺からもう一度陛下に話をしてみるが……」 「……ううん、大丈夫!私自身、やっぱりこの件の真相は知りたいもの。やれるだけやってみるわ」  ぐっと拳を握って意気込めば、ガイアの目が柔らかく細まった。そのまま、大きな手が私の頬に触れる。 「……少しでも危険だと思ったらすぐに呼べ。何があっても助けに行く」 「ーっ!うん、約束ね」  護衛の任務としての言葉だろうけど、好きな人にここまで大切にしてもらえるのはやっぱり嬉しい。何度も『危ない真似はしないように』と念押しに振り向く彼の背中を、緩む頬を押さえながら見送って部屋に入った。 「……ふーん、たった一年であの難易度高い黒持ち攻略したんだ?やるじゃない、あの娘」  シャワーも済ませ、魔術の勉強の復習もして、ようやくベッドに潜り込む。明日は潜入任務の為、早起きして第一王子様とアイシラちゃんが隔離塔(といっても王宮内は普通に出歩いてるらしいけど)に行かないといけないからね。 (それにしてもなんてタイムリーなの……!さっきアイシラちゃんを廊下に置いてこなきゃよかったな)  まぁ、後悔しても仕方がない。早く寝よーっと……と、お気に入りのぬいぐるみを抱き締め微睡みに片足突っ込んだその時。窓際のテラスから、カタンと音がした。  慌てて顔を上げると寝る前に閉めたはずの窓が開いていて、夜風でレースのカーテンが揺れている。ゆらゆら広がるカーテンの間から、犯人が優雅に中に入ってきて笑った。 「アイシラさん……!」 「勝手に入って悪いわね。明日どうせ会うんだろうけど、その前にハッキリさせときたかったのよ。あんた……、私やあの悪女と同じでしょ?ね、転生モブ令嬢さん」  乙女ゲームの主人公。多分この世界で一番の特異点であろう美少女が、にっこり笑ってそう言った。     ~Ep.60 モブ令嬢、ヒロインに恩を売る~
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