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Ep.67 豪奢な華には猛毒がある
猛スピードで走る馬車が急に速度を落とした。同時に、初めはそこまでやかましくなかった車輪の音と荷台の振動が逆に激しくなる。
(忍び込んでかれこれ30分……、街を出て荒れ道に入ったわね)
そう判断して、発信器付きの桜のブローチを服の内側のわかりづらい場所に付け直す。これを奪われたら、ガイアにこちらの居場所がわからなくなってしまうから。
パチンとドレスの留め具をはめ直したのと同時に、ようやく馬車が動きを止めた。乱暴に荷台の布が開かれる音がして、隠れている木箱の隙間から月明かりが入ってくる。辛うじて外を覗けそうな小さな穴から、荷台の様子を伺った。
「おい、こいつを運び出して叩き起こせ!ただし目立つ外傷はつけるなとの要望だ」
「女の方はどうします?」
「そいつはまだ寝かせておけ。起こすのは王子への用が済んでからだ」
一番ガタイの良い男が他の二人にそう言うと、彼等は長い方の布袋を抱えて馬車から降りていった。多分あちらの中身がウィリアム第一王子殿下だろう。足音が遠ざかって行った後微かだけど扉の開閉音がしたから、おそらく近くに彼等が用意した小屋かなにかがあるのだと思う。
完全に扉が閉まった後、30秒程待ってから静かに木箱から脱出した。
「アイシラちゃん……、アイシラちゃん、しっかりして!」
「ん、んんっ……!」
布袋の紐を解き軽く揺らして名前を呼べば、アイシラちゃんはすぐに小さく身じろいだ。妙な魔法具や薬ではなく、単に物理的に気絶させられていただけみたい。その事にちょっとホッとした。
「あれ、私……そうだ、ウィルは!!?んぐっ!」
「しーっ!静かに!まだ近くに見張りが居るかも知れないんだから!!」
「ほ、ほへん……!」
外の様子に変わりはない。どうやら全員ウィリアム王子の方に行ったようだ。ほっと胸を撫で下ろしながら手を離すと、今度はアイシラちゃんが青ざめた顔で私の肩を掴む。
「そうだ、私達拐われて……っ。って馬鹿!何であんたまでここに居るのよ!」
「二人が拐われる瞬間に遭遇して慌てて追いかけて来たの!アイシラちゃん達こそ、どうしてこんな事に……!」
「ーー……、それが……」
私が迷子になっていたのと同じ時刻、会場では。アイシラちゃんは0時の鐘が鳴り出しても第二王子と仲睦まじくイチャイチャしてるナターリエ様がまだ会場に居ることに気づいていた。こちらが勘づいている事に気づいてもしかしたら作戦を止めたのでは無いかと思ったその時、ウィリアム様が急に意識を失われたのだそうだ。
「多分、飲み物に何か“男にしか効かない”薬でも混ぜたんだと思うわ。今日の毒味係りは女だったから妙だとは思ってたのよ……!」
ギリっと悔しそうに歯噛みしたアイシラちゃん曰く、その後すぐに現れた医療班の服を着た男達がウィリアム様を治療すると例の魔法陣を使い去っていった。恋人が心配なアイシラちゃんはすぐ同じ陣で彼等を追ったそうだ。でも。
「たどり着いた先は、一番警備が薄い裏口の冷たい土の上だったわ。普通ならばあり得ない場所よ」
その言葉に私も頷く。はじめから、ウィリアム様を拐うつもりでありながら、こちらに嘘の作戦情報をリークしたのだろう。まんまと一杯食わされた。
そして、拐われるウィリアム様を助けようとしたアイシラちゃんまで拐われていたその場所に、私が駆けつけたと言うわけだ。
「……ウィル、いえ、ウィリアム様は?」
「ーー…………」
黙ったまま首を振り、少しだけ荷台の布を捲る。予想通り、目と鼻の先にはわざとらしく廃墟感を醸し出した小屋がポツンと建っていた。『あそこね』と呟いたアイシラちゃんが荷台を引っ掻き回して見つけた黒い布を被り小屋に近づいていく。私も真似して極力暗い色の布で身を隠し、姿勢を低くしながら彼女を追った。
小屋の外側に見張りは居なかった。不用心な事だ。多分、足がつかないようわざとあまり名の知れてない不馴れなごろつきを雇ったのだろうと思った。
「おい起きろコラァ!よくこの状況で呑気に寝てられるもんだな!」
ひび割れたガラスの先からガァンと嫌な音がした。ごろつきの一人が小屋の中で何か をけり飛ばしたんだろう。そっと中を伺えば、黒い寝台に寝かせられたウィリアム王子を叩き起こしている様子が見える。僅かに目を開いた王子は、手足を縛られ、口を覆われていた。
「ウィル……っ!」
「待って!飛び込むのは流石に無茶よ!それより、敵が一人でも減るのを待って、隙をみて殿下に剣か何かをお渡しした方が……!」
「駄目よ!ウィルは腕っぷしがからきしなんだから!!」
「それ王子様として駄目じゃない!?」
「良いのよ!私はちょっと頼りなくて守りたくなるような人が好きなの!!」
小声ながら堂々としたその宣言に唖然とするしかない。何て事だ、転生ヒロインちゃんはダメンズ好きだった。
「で、でも乱入だけは駄目!今私達まで捕まったら誰が殿下を助けるの?」
「じゃあどうすんのよ……!」
「私のブローチに、ガイアの持つ地図とリンクした発信器と、砕いた瞬間彼に明確な居場所が伝えられる魔法石がついてるの。ここまで会場から離れた場所に居るとわかればすぐ異変にも気づいてくれるわ」
非番だとしても、彼は今陛下直々に任命された私の護衛だ。緊急時となれば、部下を連れてくる事だって出来るだろう。ここは王都なんだから。
「いつでも逃げられる体勢を整えつつ、ガイアが来てくれるのを待ちましょう」
「……っ」
押し黙ったアイシラちゃんが青い顔のまま小屋の中を見る。中では丁度、ふらついているウィリアム王子を男二人が手錠で壁に拘束している所だった。愛しい人のあんな姿、見ているだけだなんてさぞ苦しいに違いない。私だって、すごく心が痛い。
「~~っ!そんなのいつ来るかわかんないじゃん!!」
「すぐに来るよ!」
「……っ!」
不安を撒き散らすような叫びに間髪いれず言い返せば、アイシラちゃんがびっくりしたように固まった。その両手をきゅっと握って続ける。
「ガイアは絶対絶対、手遅れになる前に来てくれる。だから、信じて」
「……………………、わかった」
長い長い間を得て、アイシラちゃんが頷いた。ほっとしつつも、安心してる場合じゃないと馬車に戻り馬を逃がす。そして、荷台から武器に使えそうなものをいくつか拝借した。
でもその時、カッと小屋の窓や壁のひび割れの隙間から強い光が溢れた。同時に感じた魔力の波にハッとなって、急いで様子を伺いに戻る。
二人でしっかり手を繋ぎながら、中の様子を伺った。
「ごきげんいかがかしらウィリアム様。良い夜ですわね」
小屋の床にぎっしり書き込まれた魔法陣の上で、漆黒のドレスと豪奢な金髪が揺れる。会場から転移して来たのだろうか。ボロ屋に似つかわしくない悪の華が、うめいているウィリアム王子の頬に手を当てた。
「はっ。悪夢から覚めて初めに見る顔が愛しいアイシラでなく君だとは、最悪な気分だな……!」
「あらあら、それはいけませんわね。でもご安心を。貴方もすぐに、殿方としての幸せに目覚める事が出来ますわ」
『私の愛する王子様達のように』
優雅にそう微笑んだナターリエ様が王子の胸元に何かを押し付ける。ぐわっと目を見開いて身悶えたウィリアム様はすぐぐったりと脱力し、その後拘束を外された。
支えを失い汚れた床に這いつくばったウィリアム様の顔の前に、ハイヒールを脱いだナターリエ様が素足を差し出す。何の真似かと思ったら。
「……ご無礼を致しました、愛しい私の華よ」
虚ろな目をしたウィリアム王子が、差し出された足に口付けを落とす。
ポロっと涙を溢したアイシラちゃんがこれ以上見ないよう反射的に抱き締めた私の視線の先で、悪の華は『初めからこうすればよかったですわ』と満足そうに微笑んでいた。
~Ep.67 豪奢な華には猛毒がある~
『その毒は全てを蝕み、彼女の色に染めていく』
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