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Ep.68 怒れるヒロイン大暴走
「さぁ、お立ちになってウィル様。貴方には是非お願いしたいことがございますの」
「貴女の望みとあらば伺いましょう」
こちらに背中を向けているせいで表情のわからないウィリアム王子と、純黒のドレスを翻して笑うナターリエ様の茶番のようなやり取りが聞こえた瞬間、アイシラちゃんの肩がピクッと動いた。
「何よ、何なのよ、あの呼び方は私にしかさせないって言ってた癖に……!」
「あっ、アイシラちゃん落ち着いて!あんまり頭上げちゃ駄目だよ!!」
ゆらりと立ち上がろうとしたその華奢な身体を全力で押さえている合間にも、悪役令嬢の独壇場は終わらない。いつの間にか用意された椅子に腰掛けたナターリエ様がわざとらしく肩にかけていたケープを脱げば、大きく前が開いた純黒のドレスの胸元で新大陸が露になる。思わず自分の胸元を見れば、足元に咲いた小さなお花が良く見えた。見晴らし良好です。
「ふふ、ふふふ……学生の間は失敗したけど、これでようやくメインヒーローも私のものだわ!大体あんな貧相な体つきのお子様達にこの私が負ける方が間違いだったのよ。ねぇ、そう思わない?」
「………………左様でございますね」
たっっっぷり間を開けてから、ナターリエ様の胸元から目を逸らしたウィリアム王子が簡潔に同意する。その瞬間、ビキッとアイシラちゃんの額に血管が浮いた。
「さっきから黙って聞いてれば……ざけんじゃないわよこの身体だけしか武器がない糞ビッチがぁぁぁぁっ!!!」
「わぁぁぁぁっ!あっ、アイちゃん落ち着いて!!!さっきまで凄く嫌ってたのにあんなあからさまに態度が変わるなんて変だよ、絶対ナターリエ様が何かしたんだよ、怒らないであげてーっ!」
『あと騒いじゃ駄目!!』と飛びかかって口を押さえてしゃがみこむけど、アイシラちゃん……もう長いからアイちゃんでいいや。アイちゃんは怒りが治まらず般若の形相のままだ。今にも中に特攻しそうなその両手をぎゅっと握りしめる。
「だっ、大丈夫だよアイちゃん!女の子の魅力はお胸だけじゃないから!!」
「ーー……、えぇ、そうよね!!!」
私のささやか~な胸元を凝視したアイちゃんにしっかり手を握り返される。私達は互いに手を取り合いしっかりと頷いた。
今ここに、私達の間に新たな絆が誕生した。
「それで、あの貧相な体つきと身分の小娘はどこかしら?下準備も整いましたし、早いところ目的を済ませてパーティーに戻りたいわ」
中から聞こえた台詞にはっとなって、慌てて窓辺を離れて荷馬車にかけ戻る。ギリギリ小屋から出てきた男達に見つかる前に馬車の裏側には隠れられたけど、荷台に忍び込む程の余裕はなかった。ど、どうしよう……!
「……っ!?おい、女が居ないぞ!」
「何だと?……ちっ、縄が切られてやがる。おい、女が逃げた!逃がす為に女の縄を切った侵入者も近くに居る筈だ。探せ!!」
リーダー格らしい男の掛け声で、荷台にアイちゃんが居ない事に驚いた男達が一斉に松明に火を灯し始める。
(もう荷台に身を隠し直すのは無理だわ……、仕方がない)
「ちょっ、どこ行く気!?」
「どこって逃げるに決まってるでしょ!乗って!!」
馬と荷台を繋ぐ麻縄を切って右側の馬の背に飛び乗る。ぎょっとしてるアイちゃんに手を伸ばして引っ張り上げた。立派な馬だったお陰で2人乗りしても大丈夫そうだ。
「せっかく休んでたのにごめんね、ちょっとだけ乗せてね」
鬣を手ですきながら声を掛け、そのまま思い切り発進の合図を出す。私達のまたがった馬は一声大きくいなないた後走り出し、一気に景色が流れ出した。
「なっ……あの野郎!居たぞ、あっちだ!小娘二人が馬を使って逃げやがった!」
『追え』、『街に戻られたら厄介だ』そう騒ぐ男達の声もあっという間に聞こえなくなる。月明かりだけを頼りに森を進みながら、小さく息を吐き出した。
「ちょっとあんた馬なんか乗れたの!?いかにも運動全般苦手そうなぽやーっとした性格してるのに!」
「失礼ね、田舎では移動ツールとして必須なの!」
もちろん騎士団みたいにアグレッシブな乗りこなしは出来ないけれど、普通に乗って走らせること位は出来る。だからこれで少しは時間稼ぎになるだろう。私達が乗らなかった方のもう片方の馬も手綱を切って逃がしておいたから向こうは走って追ってくるしかない。流石にそう簡単には追い付かれない筈だ。
「ねえ、暗くない?明かりか何かつけたら?私魔力式のランプ持ってるけど……」
「つけちゃ駄目!この暗がりの中わざわざ火を灯して逃げるなんて、自分で追手に居場所を教えているようなものよ!」
必死に手綱を掴みながら叫べば、アイちゃんも納得したのか取り出しかけていたランプをしまった。と言うか今どっから出したの?小さいハンドバッグしか持ってないのに。
「それで、これからどうするの?」
「とにかく森を抜けるまで走るわ、振り落とされないでね!」
「それは良いけど……」
『その後はどうすんのよ』と、アイちゃんのパッチリお目々が言っている。ドレスの内側に隠した桜のブローチをきゅっと握りしめた。
「私のアクセサリーに、ナターリエ様にかけたのと同じ追跡魔法がかかってるの。今頃異変に気づいたガイアが追ってきてる筈だわ。だから、少しでも街に近い方へ進んで合流までの時間を早めるの」
「そうね、わかったわ。流石に今回のは犯罪だもの、王家が誇る白竜騎士団にあのビッチを捕まえて貰いましょ」
そう頷いたアイちゃんが私の背中にぎゅっとしがみついたので、更に走る速度を上げた。
実はブローチにはまっている魔石のひとつを砕けば直ぐ様ガイアに正確な居場所を伝える事も出来るのだけど、その事はまだ言わないでおく。これは、最後の最後の切り札だから。
それにしても長い森だ。木々も黒ずんでてちょっと怖いし、一体城下のどの位置に値する場所なのかしら……。
「王宮を中心に見た場合の南南西、人呼んで“ワルプルギスの森”よ」
「ーっ!アイちゃんわかるの!?」
「当然よ、私の彼氏は王太子様よ?彼を好きになった時点で、王妃に必要そうなこの国の歴史やら地理やらはみっちり頭に叩き込んだんだから!……なのに、あんの浮気男…………!」
「あっ、アイちゃんっ、冷静に!そこはまた後で考えよう、ねっ?」
「そんなこと言ったって……!ーっ!!」
「きゃーっ!」
荒ぶる彼女を宥めようと振り返りかけた瞬間、一発の銃声が闇夜を切り裂いた。先程より大きな嘶きを上げた馬がその場で倒れたので、反動で地面に投げ出される。
「痛たた……、一体何なの、よ……っ!」
よろりと先に立ち上がったアイちゃんが青ざめた。その視線の先を見て私も言葉を失う。
私達をここまで乗せてくれたお馬さんが、血溜まりに横たわって動かなくなっていたから。さっきの銃声はこれだったんだわ……!
「こんな、酷い……!」
「……即死じゃないの、何て無慈悲なのかしら。ごめんね、ありがと、乗せてくれて」
駆け寄って見れば、お馬さんの頭に銃創があった。ごめんね、苦しかったね。そう悲しむ私達の背後から、愉悦を滲ませた声が響いた。
「えぇ、全くですわね。貴女方に使われさえしなければ、その獣もまだ利用価値がありましたのに」
鉄の臭いがする暗闇には似つかわしくない、鈴を転がすような声だ。どうやって追い付いたのかは知らないけれど、振り返る間でもなく、聞き覚えがある。
「これも、貴女の指示ですか?ナターリエ様……!」
「あら、指示だなんて人聞きの悪いこと。私は何もしてませんわよ?ただ、彼等は皆私への愛を示す為に率先して動いてくださいますの」
『ねぇ、ウィル様』と猫なで声のナターリエ様にしなだれかかられたウィリアム王子がその豊満な身体を支えるように腰に手を回す。
「ちょっと!あんたウィルに何したの!?私の残念でワガママだけど天然でワンコっぽくて一途なウィルを返しなさいよ!」
怒ったアイちゃんが叫べば、ナターリエ様がまぁ怖いとわざとらしく口元に手を当てる。
「やはりアイシラ様は私の邪魔をするつもりなのですね。では……仕方がありませんわ」
スッとナターリエ様が右手を上げれば、何の気配もなかった暗闇の中から数人の黒いローブの男達が現れる。その内の一人の手に握られた火薬の煙を上げる銃を見て、ゾッとした。
「彼等は我が公爵家が誇る裏の護衛ですの。やはりただのごろつきでは役に立ちませんので、わざわざ出向いて頂きましたのよ」
『私の欲しいものを奪おうとする、目障りな泥棒猫を消して貰う為に』
その声を合図に、すぐ後ろで何かが風を切る音がした。振り返り、身体が強ばる。闇を切り裂くように私の左胸目掛けて飛んでくるそれは、ナイフだ。暗殺用、の……。
「…………っ!ーー……あ、あれ?」
避けるには間に合わない。そうぎゅっと目をつぶったのに来ない衝撃と、代わりに響いた軽い金属音。恐る恐る目を開けると、目の前で鮮やかなオレンジ色が月明かりに揺れる。
驚く私の前で金色に光る細長い剣を一振したアイちゃんにぎゅっと引き寄せられて目をぱちくり。え、え、えぇ……?
「もう頭来た……!私の男と友達に手出ししてんじゃないわよ、この極悪令嬢が!」
そう啖呵を切るアイちゃんを睨むナターリエ様の足元に、弾き飛ばされたナイフが音もなく落下した。
~Ep.68 怒れるヒロイン大暴走~
『お胸のサイズは細やかながら、勉強、運動、戦闘も、その可能性は無限大!』
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