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Ep.69 運命に抗う乙女達
「アイちゃん、その剣一体どこから出したの!?」
「マジカルポーチよ、ゲームに出てきてたでしょ!」
そうアイちゃんが叩いたのは、ゲームのヒロインが持っていたのと全く同じ小さな花柄のポーチ。実はこれ、見た目は小さいけれど中は魔法で作った広い空間になっていて何でも居れておけると言うゲームのご都合主義満載アイテムなのです。
成る程と納得した私を他所に、未だ余裕な様子のナターリエ様が口を開く。
「まぁ、女性でありながら自ら剣を振るうだなんて、平民とは言えはしたないこと」
「何とでも言いなさいよ。あいにく黙って殺されてやるようなか弱い女じゃないんだから!それに、あんたもプレイヤーだったなら知ってるでしょ?このポーチの機能の凄さ。だから……こんなものだって入れとけるのよ!」
その言葉と共にアイちゃんが地面に叩きつけた水晶玉が砕ける。一気に広がった煙が殺気を放っていた刺客達とナターリエ様、そしてウィリアム王子を包み込んだ。数秒後には煙が晴れたと思うと、ウィリアム王子がガクンと糸が切れたように意識を失う。王子だけでなく手練れであろう公爵家の小飼達まで次々倒れていく様子にナターリエ様が舌を鳴らした。
「けほっ……!魔石を用いた催眠ガスだなんて、ヒロインの癖に無粋な真似を……!」
「当たり前じゃない、いくら鍛えてたって本物の暗殺者相手に多対1で戦えるなんて程思い上がってないわよ。こっちだって命掛かってんだから!」
不利になったことを察したのか、眠ったウィリアム王子の身体を支えているナターリエ様が初めて作り笑いを止めた。そのまま私を捉えた、なんの感情も感じない光のない眼差しにゾッとする。
「そう、貴女は死にたくないのね。こんなゲームでしかない世界で」
なら、と、ナターリエ様がしなやかな細い指先を私に向ける。
「貴女にもまだ使い道はありますし、見逃して差し上げてもよろしくてよ?そっちのモブの命を差し出せば」
「……っ!」
私はもちろん、アイちゃんまで言葉を失った。それをどう捉えたのか、ナターリエ様が醜く口角を上げる。
「悪いお話ではないでしょう?貴女はヒロイン、私は悪役令嬢、ウィル様はメインヒーロー。そしてその女は、何の役割もないモブですもの。この中で一番不要な存在ですわ」
(……っ!悔しいけど確かに、今の私は紛れもないただの足手まといだ。なら、少しでも彼女が逃げる時間を稼いだ方が……!)
それを聞いたアイちゃんが、くるりとこちらに向き直る。そして、ツカツカ歩み寄ってきたと思うと……。
「あんたはあんなゲスの口車に乗っておかしな事考えるんじゃないわよ!」
「いたぁっ!!!」
思い切り私の脳天にチョップを決めた。鈍い痛みにうずくまった私を鼻で笑ったアイちゃんは、ナターリエ様に向かい真っ直ぐ剣を向ける。
「馬鹿言ってんじゃないわよ、渡すわけがないでしょう」
「なっ……!ヒロインである貴女が、何の価値もないモブの事を守ってなんになると!?」
「わかってないわね。ヒロインってのは何かを救ってナンボの立場じゃないのよ!」
驚くような速さで走り出したアイちゃんが一気に距離を詰めてナターリエ様に剣を振り下ろす。それを倒れている刺客の身体を盾にして避けたナターリエ様は、納得が行かないとばかりに私達を睨み付けた。
そのまま倒れた刺客数人の頭を蹴り飛ばし叩き起こし、アイちゃんを倒すよう命じる。
「貴方たち、いつまで寝ているの?早くこの目障りな女を始末して頂戴!」
ウィリアム王子だけは抱えたナターリエ様のヒステリックな声で、三人程の刺客がヨロヨロと起き上がる。駆け寄ろうとすれば、アイちゃんの小さな手に制された。
「良いからあんたは守られてなさい。今言ったでしょ?ヒロインってのはモブだって守ってナンボのもんだって!」
「(ヒロインと言うか最早ヒーロー……!)アイちゃんがカッコいい……!」
「馬鹿ね、今時のヒロインってのは強いのよ。それに、合流する前にあんたに怪我なんてさせたら、アタシがあの男に怒られちゃうわ」
「……っ、アイちゃん!!」
幸いまだガスの影響があるのか、アイちゃんと戦っている刺客達の動きはさっきまでより断然鈍い。更にアイちゃんの剣さばきも、以前鍛練場でみた一般騎士の人達に負けないレベルのものだった。こっそり鍛練を詰んできたと言うのは本当だったんだろう。
(私だって、じっと守られてちゃ駄目だ!)
せめてこれ以上戦う相手が増えないように、意識の無い刺客達をまとめて一番太い木にぐるぐる巻きで縛り上げる。ナターリエ様はそれに気づいた顔をしながらも、意地でも自分は動きたくないのかこっちを睨みながら戦っている刺客に指示を出すだけだった。
「たかだか平民上がりの小娘一人にいつまで手こずって居るの!さっさと始末してそっちのモブ女を捉えなさい!」
「ハァッ……、させるか!!」
私を捉えようと背を向けた隙を突いて、アイちゃんが刺客を一人倒した。やった!と喜ぶのもつかの間、ナターリエ様がアイちゃんの背に向かい怪しい動きを見せる。
「仕方ないですわね。こんな高価なもの、お邪魔虫の始末に使いたくはなかったのですけど……」
ぶつぶつ言いながらナターリエ様が胸の谷間から取り出したそれは、以前王立魔法研究所で見たことがある。
(魔石を使ったエネルギー爆弾……!)
アイちゃんは他の刺客の対処に手一杯で気づいていない。ナターリエ様が振りかぶるのと同時に、アイちゃんとナターリエ様の間に滑り込んだ。
「アイちゃん危ない!」
「……っ!?セレ!?セレーっ!!」
「はは……、ははははっ!まさか自ら犠牲になりに来るだなんて、とんだおバカさんですこと!手間が省けましたわ!」
飛び込んだのと同時に小さな魔石の珠は砕け、辺りの木々が一気に吹き飛ぶ程の衝撃波が襲ってくる。その中心に飛び込んだ私にアイちゃんが悲痛な声を上げ、ナターリエ様は真逆に高笑いを上げた。
だけど。
「けほっ……!手間が省けなくて、残念でしたね?」
ゆっくり晴れていく煙の中。隠していたブローチを左胸につけ直しつつ、にこやかに微笑む。私の身体には、傷ひとつついてない。
「なっ……!」
「生憎ですが、私に魔力の類いの攻撃は一切効きませんので!!」
「なによ、もう覚醒してたの。良かった……!」
「は?何よ、それ。何なのよ……!~~っ、なら、物理的に始末すれば良い話でしょう!」
怒りの限界に達したナターリエ様がウィリアム王子から離れ私にタックルした。華奢な令嬢とは思えない重い一撃に、焼け野原になった土の上に倒れ込む。
「セレ!きゃっ!」
「私は大丈夫だからアイちゃんは自分の戦いに集中して!」
悔しそうに歯噛みしたアイちゃんは、すぐに片付けるからと再び刺客の方に向き直った。同時に、仰向けに倒れている私のお腹をナターリエ様がヒールで思いっきり踏みつける。
「痛……っ!(うわぁ、ヒールで踏まれるってこんな痛いんだ。ダンスの時ガイアの足踏まないように気を付けなきゃ)」
「……命の危機にありながら他人の心配だなんて、貴女方は本当に愚かですわね。そんなんだから、全てを強者に奪われるのよ」
真上から降ってきたその台詞に、思わず笑ってしまった。
「……っ、何がおかしいのよ!」
「ふふ、ごめんなさい。でも、貴女が強者?いいえ、違います」
ギリっと、踏みつけてくる足の力が強まった。苦しいけれど、負けずに言葉を紡ぐ。
「真に強い者は、弱き者から何かを、まして、心を通じ合わせた人間を力付くで奪ったりはしません。始めはどんなに拙くても己を磨く努力をし、泥だらけになっても、傷ついても、幸せになる為に前を向く。そう言う人の方がずっと、強く、美しい」
「……黙りなさい」
「別に悪役令嬢に転生したからって、貴女がその運命を、悲劇を、受ける必要は無かった。ただ、幸せになりたかったなら、他者を貶めたり操ったりせず、心から向き合えば、良かったのに」
「黙れって言ってるの」
「今の貴女は悪役令嬢ですらない。ただ、見せかけの運命に踊らされて罪を犯した、孤独で滑稽な道化よ!!」
「黙れって言ってるのよ!このモブが!何がヒロインよ、何がモブよ、私の邪魔になる奴は、このゲームから消えなさい!!」
鈍く銀色に輝くナイフが思い切り私の左胸目掛けて振り下ろされる。小さく口角を上げたのと同時に私の命を狙ったその切っ先がブローチに触れ、左下の花弁に煌めく魔石を砕いた。
その瞬間巻き起こった黒い旋風に、私を踏みつけていたナターリエ様も、アイちゃんと戦っていた残る刺客も皆吹っ飛ぶ。それをぼんやり見ていたら、優しい手付きで地面から抱き起こされる。
「すまない、遅くなった」
切れ長の双眸に悔しさをにじませながらも優しく抱き締めてくれるガイアの身体に、もう大丈夫だと安心してしがみついた。
~Ep.69 運命に抗う乙女達~
『運命なんて切り裂いて、ゲームにないハッピーエンドへ』
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