『we're Men's Dream』 -type AAA-③

1/1
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

『we're Men's Dream』 -type AAA-③

 JR御茶ノ水駅から徒歩二分。「クラモト楽器御茶ノ水店」マコちんが訪れるのは、二回目らしい。 「うぃーす! マコちゃん!」  金髪の店員がマコちんの姿を見て声をかけてきた。金髪だけど、頭頂部が黒髪になっていて、まるでプリンみたいだ。私の髪とは違って脱色しているんだろう。エプロンをした店員の胸には名札があった。「クラモト楽器シニアアドバイザー・テラニシ」と書いてある。 「テラちゃん、こんにちは。きょうは友達、連れてきたんだよ」  マコちんがそう言うと、テラちゃんと呼ばれた店員が私をじっと見据える。 「んかー! ぺっぴんさん! しかも超キレイなブロンド。マコちゃんとおんなじ制服着てるってことは、おんなじガッコだよな」  軽い口調にイラッとなった私は、たばかるように片言で答える。 「……ドモ、ハジメマシテ、ヌイ、イイマス」  テラちゃんは、それを聞いてきょとんとした表情をする 「あれ? ひょっとして留学生とか?」 「……えーと、そんな感じかな。お母さんがフランス人なんだよ」  マコちんが、少し間をおいてから調子を合わせてくれた。さすが幼馴染、わかってる。外国人顔で片言を使うと、日本人はみんな過剰なまでに親身になってくれる。それは幼いころから知っていた。今回はそんなつもりはなくて、からかうために演じたけど、テラちゃんは、うんうんとうなずきながら言う 「そっかー、日本に来て間もないのか。大変だな。……でもな、音楽は国境を越えるんだよ! コトバなんてどうでもいい! ウィ・アー・ザ・ワールド! アー・ユー・オーケー?」  はて? 今、マコちんが私のことを「フランス人の娘」だと言っていたのに英語が通じると思っているのかな、テラちゃん。私は英語万年赤点だし、フランス語はほとんど学んでいない。ママンは日本語ペラペラだし、私自身ずっと日本に住んでいたから、覚える必要がなかった。 「エイゴ、ヨク、ワカリマセーン」 「そっかー、さいきん外国のお客さんも増えたから英語覚えたんだけどなあ。ソーリー、ソーリー。んで、なんの楽器を見に来たの? んと、アー・ユー……」  テラちゃんが楽器(おそらくギターっぽい)を弾くジェスチャーをしはじめた。英語力については、たぶん私とおんなじくらいかな、と思った。私は店内を見回す。目的はエレキベース。パパ譲りの木材選別力とママン譲りの審美眼。いちばんよいものを見つけてみせる。  試しに一本触ってみよう、と思って、適当に国産メーカーのロゴが入ったエレキベースを指さす。テラちゃんはうなずいて、試奏の準備をしてくれた。マコちんを通じて、テラちゃんにベースの演奏経験がないことを伝えてもらうと、テラちゃんが弾き方を少し教えてくれた。私の専門はテナーサックスだったけれど、アコギも少し弾けるのですぐに理解できた。  椅子にすわってエレキベースを膝の上におき、ボンボンと右手のツーフィンガーで開放弦を鳴らしてみる。あ、なるほど、チューニングは下から「ミ、ラ、レ、ソ」アコギの六~三弦とおんなじ。それにしても実際に弾いてみると、エレキベースってこんなに野太い音で、振動がすごいんだ。  肉のうすい私の体にじんじんと響き渡る。  ……なんだろうこの感覚。少し胸の鼓動が速くなり、おへその下あたりがじんじんしてきた。ノーパソでさんざん聴き返していた、八分音符でのブルースラインを弾いてみる。思ったよりもすんなり弾けた。 「お、ヌイちゃん、すげーな。初めてとは思えない弾きっぷり!」  テラちゃんが素直に感心しながら言った。 「……ギター、スコシ、ヒケルネ」  私は一貫して片言で答える。なぜか顔が火照ってくるのを感じた。演奏をほめられたせいではなくて、なんだかもっと性的なもの。さらに弾き続けると、振動で、さらに下腹部がじんじんとしてくる。でも、それ以上にはならなかった。その先にはなにかもっと大きな快感があるような気がしていたけれど、だんだんと狂ってくるチューニングのせいもあって興ざめてしまった。私はふう、と、大きくため息をついて演奏を止めた。  他のタイプも試奏したけど、ここには、しっくりくるものがひとつもなかった。腕組みをして、ふーむと首を傾げてみせると、テラちゃんが手招きをする。私とマコちんを、二階へと案内してくれた。  そこにあったギターやベースは一階フロアにあるものとは、まったく違う雰囲気だった。なんとなーくイヤな予感がして値札を見る。一階にあったベースは高くても六万円くらいだったけれど、ここにあるものは一番安いものでも十万円を超えている。 『待っていたよ』唐突に、頭の中で声が聴こえた気がする。はっとして周囲を見回すと、フェンダーUSAのロゴが入ったジャズベースと目が合った。もちろん楽器には目なんてない。でも、そう感じて、そのエレキベースに目が釘付けになった。 「お、ヌイちゃん。いいセンスだね! お目が高い! フェンダーUSAのアメリカン・プロフェッショナル。値段はお手頃で、定価十八万円が十六万円! でも、初心者には高すぎるっかもね」  十六万円……貯金をはたいてもちょっと手が届かない値段。実家は代々、大工の棟梁の家なので、それなりに裕福だし、ママンはランウェイモデルだし、フランスのグランマもグランパもはっきりいって大金持ち。でも、はじめてのベースを親にねだるのはとても気が引けた。 「ま、いちおう試してみなよ」  テラちゃんがまた試奏の準備をしてくれる。今度はストラップも装着してくれる。私はそれを受け取った。ストラップを肩にかけて立ったままジャズベースを構える。ショーケースのガラスにその姿が映った。  ……サマになっていた。制服姿なのが残念だけれど、私のプロポーションとの組み合わせで、まるで雑誌の表紙に登場する有名プロミュージシャンみたいなオーラがにじみ出ている。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!