『we're Men's Dream』 -type AAA-④

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『we're Men's Dream』 -type AAA-④

「ワオ! 予想以上に似合うな!」 「……ヌイちゃん、すごいキレイ……」  私を見たふたりは、うっとりした目でほめてくれた。でも、弾いてみないことにはわからない。深呼吸をしてから椅子に座って試奏をはじめる。  ネックに手をそえてみると、一階にあったエレキベースとは全く違う感触だった。背筋がゾクッとする。左手でひととおりローからハイポジションまで指を這わすと、とても丁寧な造りなのがわかる。思わず、のどがごくりと鳴った。  トーンとボリュームのノブを右に回し、弾き始めた。さっきと同じようにブルースのラインを八分音符でなぞっていく。来た。あの振動。それは一階のベースとは段違いの大きさかつ、なめらかさだった。また、胸の鼓動が速くなり、下腹部がじんじんとしてくる。さっきよりも上質な振動はどんどんと私の体を侵食してくるようだった。同じフレーズを繰り返していると徐々に快楽へと変わりある。感じたことのないもの。 「ヌイちゃん、タンギング」  んべ、とマコちんが小さく舌を出してそう言った。タンギング(舌使い)。そうか、テナーサックスも舌を使ってフレーズをコントロールするんだった。私はそれを応用しようと思って、右手指のピッキングを自分の舌に置き換えてイメージをした。やがて、フレーズは粘り気を帯びてくる。テナーサックスを吹く感覚で、ツーフィンガーを使うと、リズムもイメージに従ってスウィングする。  快感がさらに強まる。左手のフィンガリングもテナーサックス同様なまめかしく動かす。じんじんする感覚が下腹部から、股間にまで伝わってきた。ヤバい、ヤバいよこれ。そう思っても演奏は止められずに、思わずどんどん内またになって、ふたりに気づかれない程度に膝をよじる。ジャズベースと自分の体が一体化してくる。額や制服の中に汗が伝うのを感じた。「あ」、と声にならない声が出た。私は生まれてはじめて絶頂に達してしまったみたいだ。全身がこまかく痙攣し、ショーツの中に潤みを感じた。吐息をこらえながら演奏を止めてうなだれる。 「スッゲえ演奏だったよ! ヌイちゃん、なんか入っちゃってたし!」  テラちゃんが、興奮気味に、そうほめちぎった。 「……ご、ごめんなさい、ちょっと、お手洗い……お借りします」  私はジャズベースをテラちゃんに手渡し、座っていた椅子の上部を隠すように学生カバンを載せ、後ずさるようにトイレに向かった。ドアを閉める直前「……んん? あれ? ヌイちゃん、日本語じょうずじゃん」と、テラちゃんの声が聴こえた。  トイレに駆け込んで、スカートのお尻部分をさわってみる。ぐっしょりとした感触。ヤバいなあ、どうしよう……。ショーツを脱いでみると、こちらは、もっとぐっしょりとしていた。やっぱりあれが「イク」って感覚なんだ。濡れた感触はおしっことは違って、ぬるぬるしている。わあ、これがそうなんだ。思わず顔が熱くなる。トイレットペーパーをがらがらと引き出して、脱いだスカートとショーツを拭う。でも全然足りない。濡れたあとが全然消えない。どうしよう……? と思っていると、ドアの外側から、がさっと音がした。人の気配もする。どうしよう、あんまり長いことトイレ独占できないし。  そのとき、スカートが、ぶるっと振動した。びっくりして、思わず洗面台に落としてしまった。拾い上げてスカートのポケットを確認すると、スマホにメッセンジャーの通知が表示されていた。「ヌイちゃん、ドアノブ、見て(笑顔の顔文字)」。ドアノブ? なんだろう? 私はまだ濡れているショーツとスカートをはいて、トイレの鍵をそっと開け、そとのドアノブを確認した。ユニクロのロゴが入ったビニール袋が掛けられていた。  私はすばやくそれを手に取ってトイレのドアを閉める。中身を確認すると、新品のショーツとチノパン、それにニットパーカーが入っていた。さすがマコちん、幼馴染! 心から感謝しながら着替えて、汚してしまったスカートとショーツをビニール袋にしまう。高級ベースのコーナーに戻ると、学生カバンで隠してあった濡れた椅子がキレイになっており、これもマコちんが気を回してくれたんだろう、と安心した。ちょっと恥ずかしいけど。  試奏したジャズベースは、スタンドに立てかけられていた。まさに初体験のお相手は、堂々たる風格、って感じだった。買わない、という選択肢はないけれど、予算は八万円。店頭価格の半分にしかならない。 「ヌイちゃん。このベース、お買い上げ、でしょ」  マコちんが私の顔を覗ってそう言った。 「あ、さっきは着替え、ありがと。助かったよ~。ベースだけど、高いし、ちょっとおこづかい貯めないと買えないかなあ」 「ボクのおとうさんの知り合いの店だから、ちょっと値引きしてもらおうか」  マコちんはそう言って、テラちゃんを呼び出す。ふたりはそろって、一階にいる、おそらく店長さんだと思うおじさんと話をしている。私は遠巻きにその様子をながめていた。笑いながら談笑しているなあ、と思っていると、マコちんが私に近寄ってきた。 「ねえ、ヌイちゃん。ベース、値引いてくれるって!」  マコちんは明るい表情でそう言ってくれたけど、それでも予算じゃ足りないだろうなー。 「……そっかあ、ありがとう。何パーセント引きくらいかなあ」 「半額でいいって」 「……え?」 「だから、は ん が く。十六万円の半額だから八万円だね」  こうして、私ははじめてのエレキベースを手に入れることができた。マコちんのおとうさん効果で、消費税も込み。おまけに高そうなストラップとシールドもつけてくれた。  この日、マコちんとのバンド結成が決定的になった。  ボーカルとギターは、まだいないけど。
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