消 滅 言 辞

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***  ショッピングモールの天井から家族4人を見守っていた黒ずくめの男は、やれやれとため息をついた。 「伝えたい事は、言葉に乗せて伝えなきゃあ」  とかくこの世は忙しい。たったひと言「ごめんなさい」「ありがとう」を言う時間もないほどに。  そこからいろいろ崩れていく。大事なこと、大事なもの、大事な人を失ってしまう。それすらもわからなくなってしまっている人が大勢いるのだ。 「ボクは言葉の神の遣いだからね。ちゃあんと一人ひとり見守っているよ。あの男性みたいに、伝えなきゃならないことをずーっと伝えずにいるようなら、大切な言葉をひとつずつ神様に返してもらうからね。あ、手紙で気持ちを伝えるっていうのはもちろんアリだよ。手紙って嬉しいもんだよねえ。  ……そうだ、お守りをあげよう。"言霊(ことだま)"という言葉。覚えておいて。言葉には不思議なチカラが宿るんだ」  上に向けた手のひらにふうっと息を吹き掛けると、"言霊"という言葉が風に乗って人々の心にふわりと舞い降りた。もし今その言葉を知らなくても、近いうちに必ずどこかから──テレビやラジオ、本、ネット等々から知ることになる。  言葉の神の遣いである"言葉屋さん"は、満足そうに微笑むと、すうっと姿を消した。店内には、変わらず賑やかなスタッフの声が谺していた。 「お買い上げ、ありがとうございまーす!」 [了]
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