30人が本棚に入れています
本棚に追加
***
ショッピングモールの天井から家族4人を見守っていた黒ずくめの男は、やれやれとため息をついた。
「伝えたい事は、言葉に乗せて伝えなきゃあ」
とかくこの世は忙しい。たったひと言「ごめんなさい」「ありがとう」を言う時間もないほどに。
そこからいろいろ崩れていく。大事なこと、大事なもの、大事な人を失ってしまう。それすらもわからなくなってしまっている人が大勢いるのだ。
「ボクは言葉の神の遣いだからね。ちゃあんと一人ひとり見守っているよ。あの男性みたいに、伝えなきゃならないことをずーっと伝えずにいるようなら、大切な言葉をひとつずつ神様に返してもらうからね。あ、手紙で気持ちを伝えるっていうのはもちろんアリだよ。手紙って嬉しいもんだよねえ。
……そうだ、お守りをあげよう。"言霊"という言葉。覚えておいて。言葉には不思議なチカラが宿るんだ」
上に向けた手のひらにふうっと息を吹き掛けると、"言霊"という言葉が風に乗って人々の心にふわりと舞い降りた。もし今その言葉を知らなくても、近いうちに必ずどこかから──テレビやラジオ、本、ネット等々から知ることになる。
言葉の神の遣いである"言葉屋さん"は、満足そうに微笑むと、すうっと姿を消した。店内には、変わらず賑やかなスタッフの声が谺していた。
「お買い上げ、ありがとうございまーす!」
[了]
最初のコメントを投稿しよう!