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左手に握られるもの
「綾那……それ、どうしたんだよ……」
綾那の左手の上に鎮座するそれを見て、拓巳は目を疑った。
『話があるから、近い内に会えない?』
お互い社会人1年目、仕事に慣れることに忙しく、大学時代から付き合っていた綾那と拓巳が会える時間はめっきり減っていた。
拓巳はそのメールが来た時、もしかして振られるんじゃないかという根拠のない不安と綾那に会えるという嬉しさとで複雑な気持ちだった。
しかし、そこには拓巳の予想を超えたものがあった。
禍々しい色と異様な気配にそれがただの石ころでないことは分かった。しかし、噂でしか聞いたことのない代物が、こんなに身近な、愛する恋人の左手に乗っていることが拓巳には信じられなかった。
「……渡されちゃった」
綾那は困ったような笑顔を浮かべてそう言った。
拓巳は、それを聞いた瞬間、何かに突き動かされるようにその石を綾那から引き離そうと左手を伸ばし、綾那に近づいた。
しかし、綾那は左手をしっかりと握りしめ、勢いよく近づいてくる拓巳から身を反らした。
「なんで……」
空を切った自分の左手と綾那を交互に見つめ、拓巳は呟いた。
「ダメだよ、拓巳には渡さない」
「なんで……!」
「高校のね、同級生だったの。前の持ち主」
綾那は、寂しそうな表情をして話し出す。
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