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あの日の空がどんなにきれいだったか、今もはっきりと覚えている。
俺たちは触れられる近さを保ったまま、儚く、強い夕日を見ていた。
夏が過ぎていこうとしていた。
幼なじみで同級生だった。
大学で離れて、それでも時々会って、また別れて、また会って。
就職が決まってもその距離は変わらなかった。
君はそのまま東京で働くことを選び、俺は地元へ戻る道を選んだ。
就職して半年が経ったあの日、帰省した君と会った。
俺は決心していた。
この居心地の良い、何でも言い合える『親友』という関係を終わらせて、君と未来をみつめて行きたいと。
あの夏の終わり、微妙な距離を保ったまま他愛ない雑談をし続けた不甲斐ない俺に君は何度も聞いてくれた。
――なにか大事な話があるんじゃないの?
――困ったことがあるなら言って
俺は、あー、とか、んー、とか煮え切らない相槌を打って、喉から離れようとしない臆病な言葉たちを持て余す。
――ずっと好きだった
――つきあってほしい
伝えたいのに、勇気がでなかった。
緊張が限界を超えた。
「喉、乾いたな。ジュース買ってくるよ、ちょっと待ってて」
俺は君を置いて、橋を渡ってすぐの遊歩道へ向かった。
自販機で君の好きなカフェラテを買いながら、これを渡すタイミングで告白してしまうのはどうだろう、と閃いた。
勢い任せのそれに、俺は縋るような気持ちになったんだ。
自分を奮い立たせ、君のもとへ戻ろうと身を返し――、俺の体が僅か0.2秒硬直した。説明ができない、得体の知れない不安感だった。何かが迫ってくる気配は耳ではなく皮膚が感知した。これを直感と呼ぶのかどうか、すべてはほんの一瞬、俺の意識の中で起こったことだった。
欄干に両肘を付いて水面を眺めていた君が、異変に気付いて橋の向こう側を見たのとおそらく同時に、俺は走りだしていた。大型のトラックが猛スピードで君に迫ってきている。俺はなにか喚いたはずだ。君へ向かって、必死に。俺は走った。走って、確かに、君に触れた。触れたんだ。けれど間に合わなかった。そのあとの記憶はなにもない。
*
一年に一度だけ、
俺は夏の終わりの、あの空の下で君と逢う。
君が持ってきた花束の足元に立って、俺は君をおもいきり抱きしめている。あの日言えなかった『好きだ』というひとことを、魂の限りに叫んでいる。けれど君には届かないんだろうな。
未来を、みつめて生きたかった。
でもそれは叶わなかった。
もう少しだけ、
このまま。
空が夜を連れてくるまでの、永遠の一瞬が過ぎるまで。
大人になっていく君がいつか俺を忘れるまで。
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