32人が本棚に入れています
本棚に追加
突然の。
夜明け前の町は人影も無くて、寂しさが増す気がした。朝の肌寒さが余計に身に染みる。スーツケースを引く陽太の後ろを歩く私の足は、かつて無く重かった。これから一年間も会えないなんて。
私たちが住む田舎町の最寄り駅から始発に乗り、午後には陽太は異国の地へと旅立ってしまう。
「飛行機、何時だっけ?」
「…四時二十分。」
「…気をつけてね…」
「…うん」
もうすぐお別れだと思うと、何て話して良いかも分からなくなってしまい、会話も途切れがちになった。
俯きトボトボと足を動かしながら、ただ陽太の靴の踵ばかりを見ていたら、通り慣れた橋の上で不意に陽太が立ち止まった。
「綺麗だな。暫くこの景色も見納めなんだな。」
「…そう…だね。」
山の向こう側から朝日が昇り始め、空も川も見渡す限り朝焼けに染まっていた。見慣れたはずの景色も何だかいつもと違って感じるのは、この感傷的な気持ちのせいなのだろうか?
暫く景色を眺めた後、急に決意したように陽太が私の方に向いて話し始めた。
「ねえ、晴香。」
「うん?」
「ホントはさあ、海外赴任が終わってから言おうと思ってたんだけど…。」
「うん。」
「結婚しよう。」
「へっ?えっ、なっ、ええっ?!」
驚き過ぎて変な所から声が出た。今からお別れだと思って泣きそうになっていたのに、急にそんな事を言うなんて。
「もちろんさ、実際に結婚出来るのは帰国してからだけど。今、この景色を見てたら急に言いたくなって。ごめん、今は指輪も花束も何もないけど。」
指輪が無くても、花束なんて無くても良い、その約束があれば、今からの遠距離恋愛だって耐えられると思えた。一年なんて、きっとあっという間に過ぎるとさえ思えた。
「はい。宜しくお願いします。」
かしこまって返事した私は、左手を引かれ陽太の胸にポスンと収まった。優しく抱きしめてくれる陽太の腕の中で、私はキラキラとした幸せな未来へと続く道を見ていた。
最初のコメントを投稿しよう!