プロローグ

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プロローグ

「よろしければ、いまのお話、詳しく教えていただけませんか」 いきなり背後からかけられた声に、高倉先輩と僕はそろって振り返る。 するとそこには、ひとりの女性が立っていた。 「わたし、ここで働いてるんです」 僕は彼女の背後の建物を見上げた。 『ここ』というのは、僕たちが営業まわりの途中でたまたま見つけた、街の小さな映画館のことだろう。そのときは大学生のアルバイトだと思った。 それにしても……と、再び彼女を見る。 日だまりのような微笑みを浮かべた、とてもすてきなひとだった。 華奢な体つきで控えめな感じだが、透き通るように白い肌と大きな瞳が印象的だ。 涼風がさわさわと渡る。 彼女の、うしろでひとつに束ねた髪の先が、腰の近くで揺れた。 僕の隣の高倉先輩は、はたしてどんな表情を浮かべていただろう。僕にはわからなかった。なぜって……彼女に見惚れていたから。 「あ、どうも」 しばらくしてはっと我に返り、僕も慌てて頭をさげた。 これが、僕――逢原呼人(あいはらよびと)と、彼女―—彩堂(さいどう)かすみとの出会いだ。 不意打ちというか、予想外というか、唐突、突然、想定外にして、なんの前触れもなく起きた奇跡、なんて呼んだら少し大げさだろうか。 のちのち振り返ってみればそうだったのかもしれないと、あとから意味づけしてそう思い込む記憶補正の一種だとしても、やっぱり彼女――かすみさんとの出会いは特別だった。 だって……。 「掲示板のポスターを貼り替えにきたら、ちょうどおふたりのお話が聞こえてしまって。盗み聞きするつもりはなかったんですが、とても面白そうな内容だったので、思わず聞き入ってしまいました……。あ、でも、怪しい者ではありませんから!」 かすみさんが言う『おふたりのお話』というのは、厳密にいえば先輩が先ほど僕にしてくれた話のことだ。 それは、とある映画のポスターに描かれた、よくわからない記号についてだった。 彼女はその話によほど興味をそそられたのか、もじもじしながらも果敢に、挙動不審気味に話しかけてきた。僕たちとは初対面だっていうのに。 かすみさんにはなんとも不思議な味わいがある。 先輩も僕も営業回りの途中だったから、本当はこのまま話し込むべきではなかったのかもしれない。でも、結局彼女の希望に応じざるをえなかった。 それはそうだよ。あんなに爛々と目を輝かせて迫られては、断るわけにもいかないだろうに。 「じゃあ――俺がずっとモヤモヤしてた疑問、解決してくれるのかな?」 しょうがないな、という顔で先輩がそう告げると、 「ありがとうございます! 詳しく伺えれば、その謎、解けるかもしれません」 第一印象はおっとりとした雰囲気だったかすみさんが、やけに凛々しく答えた。 なじみのない土地で偶然見つけた映画館。 なんか奇妙なシチュエーションだったけれど、無邪気な彼女のペースにまんまと乗せられてしまったようだ。 「じゃあ――」 こうして高倉先輩は、彼女に『映画のポスターにまつわる謎』について話し始めた。
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