3.再会と折り紙

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 そう言って強引に紗弥の腕を引いた。幼い頃とは比べ物にならないくらい、がっちりとした手のひらが紗弥の手を握っていた。桜の坂道をかけ登っていく十七歳の武は、目を開けていられないくらい眩しく輝いていた。  同じクラブに所属することになった彼は、いつの間にか「紗弥」と呼ぶようになった。紗弥はいつまでたっても「あの」とか「あんた」としか言えなかったが、その呼び方自体がかなり浮いていたと後になって気付いた。  気付いた時既に遅し、とはまさにこのことで、二人は付き合っていると上級生まで信じていた。遊びたい盛りの武はあちこちで否定して回り、紗弥は適当に受け流してした。  ライブのあと女性を連れて姿を消した彼が、翌日、同じ服装で練習にやってきても、ぎくしゃくしたりはしなかった。二人は旧知の間柄で、同じ秘密を共有している――そのことが紗弥に安心をもたらしていた。  はっきり言って武はモテた。はた目に見て反吐が出そうなくらい、そっけない態度と紳士的な対応を使い分けていた。くっきりとした目鼻立ちも手伝って、いつも違う女性を連れていた。  おそろしくたまに紗弥に好意をよせてくる男子もいたが、色恋事に興味が持てなかった。  部員に囲まれて屈託なく笑う武を見ながら、好きになるのは絶対にやめておこうと心に誓った。そこにきっと幸せな未来はないと――紗弥の防衛本能が告げていた。  折り紙を手にしたまま、コルクボードを見上げる。もう一枚の写真には小雪と愛美、それから有川家の次男、慎一郎が映っている。  小雪と愛美が同じ女子高で知り合い、仲良くなった慎一郎が家に遊びに来たとき、目を疑った。玄関の三和土で、まるで兄妹のようによく似た小雪と慎一郎が笑っていた。  愛美に指摘しても「そう?」というそっけない返事だった。若い彼らには、少し風貌が似ているくらいどうでもいいことのようだった。  武から慎一郎が養子だと聞かされた時、真っ先に考えたのは小雪の兄ではないかということだった。仲良くしている彼らを見ながら一抹の不安を抱えているのは、自分だけではなく武も同じようだった。  それから武と紗弥のあいだに「弟妹の幸せを見守る」というミッションが増えた。親にかくれて戸籍謄本を確認し合ったこともあるが、小雪と慎一郎のつながりは見つけ出せなかった。ただ二人の未来が明るいものであればと、祈るばかりだった。  その頃から武は女遊びを控えるようになった。プロプレイヤーへの明確な道筋を見出した彼の、当然の行動だと思っていた。  紗弥が大学四回生のとき、綿谷が『ブラックバード』を開店した矢先に慎一郎は交通事故で死んだ。燦然と輝いていた彼らの未来は、跡形もなく消え去ってしまった。  武の小雪への態度が変わったのも、この頃だった。まるで半身を失くしたかのように憔悴する小雪の手を取り、そっと導くようにオリエンテのウッドベースを譲り渡したのも、彼の算段によるものだった。  小雪が彼に惹かれているのは一目瞭然だった。二人はときどき出かけているようだったし、小雪が帰らない夜は武のもとにいるのかもしれないと考えていた。  武を好きにならなくてよかったと、このときほど思ったことはなかった。
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