4.ハロー、ブルーバード

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4.ハロー、ブルーバード

 翌日、澄み渡るような青空のもと、挙式の準備が進んだ。  控室に座るドレス姿の紗弥を見ただけで、母はハンカチで目元をぬぐい、父はこっそり鼻をすすり上げている。「泣くのはまだ早いわよ」と軽く言ったが、それが余計に感傷をさそったようで、父はそそくさと部屋を出て行った。笑っている小雪と母と入れ替わりに、新郎の綿谷が入室する。 「……きれいだ」  タキシード姿の綿谷はため息をつくように言った。自然と口元がほころぶ。危惧していたコンタクトレンズもすんなりと入って、フルメイクをされた自分が鏡に映っている。 「綿谷さんこそ、どうしたの、その頭。決まってるじゃない」 「寝起き頭のままきたら、武に怒られたんだよ。ワックスつけてやるから頭かせってね」  彼は照れくさそうに顔をかいた。「メガネもね」と付け足すと「そうメガネも没収されたよ」と素顔の綿谷が落ち着かない様子で苦笑する。  それから紗弥の耳元で囁くように言った。 「あのさ、君ももう綿谷になるんだから、その呼び方はないんじゃない?」  今言ったことを思い返す。いつもの癖で「綿谷さん」と呼んでいたことに気づいて顔を赤くする。それから咳払いをして、鏡越しに彼を見つめる。 「……賢吾さん?」 「うん、それでいい」  綿谷が満足そうにそう言うと、メイクのスタッフが優しく微笑んだ。 「あとは……新郎様の胸ポケットに入れるお花ですね……少しお待ちください」  そう言うと、紗弥より若いスタッフはあわただしく部屋を出て行った。途端に、室内に静けさが満ちて、夢と現実のはざまに立たされた気分になる。  紗弥が白い手袋に視線を落すと、綿谷がそっと言った。 「……未練は、まだある?」  昨日、断ち切ってしまった問いかけが耳の奥に届く。破り捨てた折り紙の感触が、まだ手の中に残っている。  紗弥はぐっと手を握りしめると、口を開いた。 「それはもうないんです。ただ……幸せのあとに何かあるんじゃないかと思うと、怖くて」  彼は黙って言葉を待っている。紗弥は覚悟を決めて、思いを口にする。 「施設から出たとき、本当に嬉しかったのに、引き取ってくれた養父はそのすぐ後に事故死してしまったんです。母が再婚して荻野家に住むようになった時も幸せでいっぱいだった……けど父方の祖母が亡くなってしまって。なんだか自分が幸せになるたびに周りの人を不幸にしてしまうんじゃないかって、ずっと不安で……」  言い切らないうちに、紗弥の肩を持った。シンプルなウェディングドレスからはみ出した素肌が、彼の手のひらの熱で温められていく。 「君が不安になったときは、僕がいるよ」  鏡に優しい瞳が映っている。鼻の奥が痛くなるのを感じながら、紗弥は続ける。 「でもあなたまで不幸にしてしまったら……」 「その時は君がいるじゃないか。そのために僕らは結婚するんだよ」  そう言って優しく肩を抱いた。役に立ったり、支えたりするために結婚するのではなくて、苦しみを分かち合うために一緒になる――  そう考えた途端、胸がはち切れそうになるくらい膨らんで、一粒、涙がこぼれ落ちた。 「おっと、泣くのはまだ早いよ」  おどけるようにそう言ってハンカチを取りだした。綿谷のうしろから若いスタッフが姿を見せる。慣れた様子で紗弥のハンカチも用意し、涙がおさまるのを待ってメイクを直してくれた。  武と再会するまで、奇跡を信じたことはなかった。何の因果か自分は不幸になるために生まれてきたのだから、救いの手などどこにもないと思っていた。  けれど、さし出してくれた手があった。すがりつきたい気持ちをこらえながら、離さないでほしいと願いながら、多くの人たちと手をつないでいった。  つないだそのずっと先に、綿谷が待っていた。  今日から彼と手をつないで歩いていく――手渡されたブーケを握りしめながら、紗弥はさし出された手を取った。
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