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3.待ち人
それから一週間たっても、紗弥は姿を見せなかった。
こんなことは今までに何度もあった。仕事が立て込んでくると昼食を取る暇もないと愚痴っていたから、きっと忙しくしているのだろう。
いつものように掃除をして、いつものサイフォンでコーヒーを淹れる。雑多な業務にもまれているうちに日々は過ぎてゆく。病気でもしたのかと気にかかることもあったが、時折ライブにやってくる小雪も「普段と変わりない」と言っていた。
携帯電話も知っているけれど、自分から連絡をよこしたことはほとんどない。今は店主と客と言う関係なのに、最近どうして来ないのかと聞くのもはばかられる。
いずれくるだろう、自分はここで待つしかない――そう腹を決めて、営業に没頭した。
***
紗弥の音信が途絶えて早一か月、季節は梅雨の時期にさしかかろうとしていた。
商店街にはアーケードがあるものの、ドアが開閉するたびに湿った空気が流れこんでくる。
片頭痛持ちの綿谷はこのところ頭痛に悩まされている。薬もあまり効かず、痛みを抱えたまま厨房に立つ。体調がすぐれない時はとにかくミスのないように、と自分に言い聞かせながら、デザート用フルーツの下ごしらえをする。
紗弥のために苺を添えたピンク色のプリンを考案したけれど、もう苺の季節でもない。次は七夕用に星形に切り抜いたカクテルゼリーでも作ってみるかと考えていると、また痛みが走った。
紗弥の助言通り、内科に行って鎮痛剤を処方してもらった。少し前に飲み切ってしまって市販薬を飲んでいるが、一向に効き目がない。
彼女が来ないのなら、作っても仕方がない――そう考えながらカウンターの奥に置いた携帯電話の画面を眺めた。一時期はよくメッセージを送ってきていたのに、店に来なくなってからはそれすらもない。このまま、彼女はもう姿を見せないつもりなのだろうか。
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