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もう一人の僕
その日、目が覚めると、完全に世界は狂っていた。
昨夜アラームをセットした置き時計は、何故か秒針が逆方向に回っていたし、カーテンの隙間から覗く澄み切った夏空の下には、コウモリたちがウヨウヨと飛んでいるのが見えた。
それだけじゃない。
極め付けは、普段めったに料理をしない母親が、キッチンで鼻歌を歌いながらフレンチトーストを作っていたのだ。
しかも、花柄レースのエプロンを着て。
これはきっと夢の続きだ。
そう思った僕は、洗面所で顔を洗ったものの、もう一度2階にある自分の部屋に戻りベッドに横になろうと思った。
どうせこれが夢の中だったら、早起きして学校に行く必要なんてない。
そんなことを思い2階にある部屋にたどり着いてドアを開けた瞬間、目の前でさらに狂ったことが起きていた。
「……」
なんとベッドの上に、もう一人僕がいたのだ。
制服を着た、僕が座っていたのだ。
「……」
唖然として声を発することができない自分に、そいつは僕とまったく瓜二つの声で言ってきた。
「いやぁ、なんかけっこう色々狂っちゃってるね」
電車乗り遅れちゃったね、ぐらいの軽い口調でそいつはそんなことを言ってきた。そして、組んでいた足をひょいと組み替える。よく見ると、ちゃんと靴下も履いている。
「……誰?」
朝起きてから立て続けに起こっていることに対して、やっと出てきた言葉はそれだけだった。
いや、驚きのあまりそれ以外の言葉が思いつかない。
「誰って……俺は荒巻晴矢だよ」
当たり前だろ? と言わんばかりの顔でそいつは言ってきた。そりゃそうだ。間違いない。
でも、僕が聞きたいのはそういう意味じゃない。
慌てた僕は部屋に置いてある姿見で自分の姿を確認した。
こういう場合、高確率で自分の方が別の人間、あるいは別の生物になっている小説や漫画を何度も見たことがある。
でも姿見に映っていたのは、軟弱ひ弱という言葉がぴったりと似合う雰囲気を醸し出している、身長168センチの冴えない僕、荒巻晴矢だった。
いつもと違うところといえば、まだ寝ぐせがついているところだ。
「……」
姿見に映っているのが普段の自分だったことにほっと胸をなで下ろすも、鏡に映っている自分の後ろでもう一人の自分がにやっと笑っているのが見えて僕は再び頭を抱えた。
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