素顔のまま信じて、見つめ合えたら

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 父の前だと、硝子のような赤と青の瞳だ。それは紫色とも言うが、混ざってはいない。油絵の具をパレットに絵筆で広げたような、まだ混ざり切っていない(よど)んだ紫ではない。  色の違うガラスを二枚重ねたような色だ。赤と青のセロファンかフィルターでもいい。真ん中には穴が開いていて紐を通してから、ブンブン(ごま)にして回した色と喩えてもいい。 「そうなの? パパさん、今夜も怒り顔ね」 「あはは、そうさ、叱られると青くなるの」 「顔も瞳も? あなたは嘘が下手だものね」 「ああ、隠せなくなるんだ、心のことをね」  友達の前では戦意のない赤を消した状態。両親の前でも攻撃性のない青を残した状態。彼ら種族は魔力を放つ時、瞳の色を変えるが瞳の魔法を使うことのない生来の瞳の色だ。亜文もサラにも見せたことがあったけれど、愛する人の前ではあるがままの姿でいたい。もう夢久に見せてもいいかと思う、素顔も。  ブルーの瞳の彼と今夜、初めて出会って、感涙に濡れた睫毛を瞬いた恋人は、綺麗だ。グリーンの瞳はどこまでも、透き通った色。生まれたままの瞳の色で二人は見つめ合う。窓の向こうで、きらきら涙雨が降り出した。 「ここに住みたいな。越してこようかな?」  呟くように夢久は言う。柔らかに笑って。彼は口にしてから嗚呼、しまったと思った。 「おいでよ。サラや俺の友達も喜ぶだろう」  彼女の狙ったような誘い文句から、定番のプロポーズもできたのに。チャンスを逃す。しかしやはり今夜でなくてもいい気がした。まだ早いような気がしてならないから……。来るべき明日に、愛の言葉は残しておこう。これから沢山思い悩むことになるのだから。――二人にぴったりのフレーズは何だろう。 「ペリドットの宝石言葉って知っているか」  クロードは言葉にするより早く抱き寄せ、パアッと瞳を輝かせた聡明な彼女の囁きを、聴き終わらないうちに堪らず口付けた――。細い腕が首に回った後から肩口で息を吐き、涙を堪えながらも流れるような甘い仕草で、密やかに宝石の光る指を長い髪に絡ませる。何を言うでもなく、呼び鈴が鳴るまでの間、愛おしい恋人と夢のような抱擁(ほうよう)を味わった。 「二人の未来にはあるよ。俺は信じている」 「私も、信じる。あなたとの未来にあるわ」  純粋さが時として誤解を招くこともある。悪戯にすれ違ってしまうこともあるけれど、言葉以上に抱き締め合えば伝わる心もある。無意識の行動をまだ頭で理解できなくても、愛する人が心で分かっていれば、もういい。  ほら、コンコンと軽く扉を叩く音がする。雨に濡れた女友達と兄弟を迎えに行こうか。今夜から明日の予定を夢見て、鼻歌交じり。過去も未来も──ずっと好きで変わらない。ポップコーンを食べながら映画でも見よう。あの娘のお気に入りのラブロマンスを⋯⋯。              *THE END*
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