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「これからデートして、いい関係になって、プレゼントして、プロポーズだってする!」
旅行雑誌を真ん中で縦に引き裂くように、真っ二つに割れた隙間から、死神の笑い声。ムーンリバーの似合う美しい川辺の街角の、古い自転車の停まる橋に向かって走り出し、歪み行く世界に、後ろ髪を引かれながらも、死に物狂いの全速力で坂道をダッシュする。
「今、失う訳にゃあいかねえんだよ、悪魔。おい、死神! 俺の人生を狂わせないで!」
ネオンも映さない漆黒の水面を跨ぐ鉄橋のど真ん中へと辿り着いたら、大胆不敵にも、コートからシャツから全部、服を脱ぎ捨て、そこだけ几帳面にもブーツを脱いで、置き、自殺する前みたいに揃えて、手を合わせた。
「達者でな、俺のブーツ。来世で会おう!」
寒空の下で上半身裸になったクロードは、ぶるりと震えてから蝙蝠じみた翼で羽撃き、大きな橋の欄干に飛び乗ると裸足で蹴った。全身に黒く艶のある厚い毛皮や鬣を生やし、ぐるぐると渦巻くような竜巻を起こしては、ぶわっとスモーキーパープルの濃厚な妖気を淡い香りと共に幽かに鱗の生えた肌に纏う。その異形の姿は、世のどの動物とも違った。正しく、変身したクリーチャーという姿だ。
「X年前――。フランスの骨董屋まで……」
そして、夜空に舞い上がったかと思えば、月光を浴びて一瞬、諦めたように目を閉じ、凍りついたように硬直して垂直に落下した。何かスローモーションがかかったみたいに、潔く羽を閉じて手足を畳み、頭から入水し、意識を取り落す前に思い描くのは幻の世界。未来には飛べないけれど、過去には戻れる。
ザッブーンと勢いよく水飛沫が上がって、ぴんと爪先がバレエダンサーみたいに伸び、綺麗な流線型を描いて水面を潜っていった。仄暗い水の中から墨汁のような匂いがする。ぶくぶくと弾ける泡沫へと消え入った――。
変身したクロードはどこに向かったのか。悪魔から指輪を取り戻しに行ったのだろう。ふと四次元空間から繋がる過去の一時へと。非現実にいる自分のことは眠らせたままで。
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