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新月の夜だった。
雨の上がり間もない空には未だ薄く雲が広がり、星の光さえ地上には届かない。その漆黒よりも深い闇の中を、一人の青年と一人の娘が、ただひたすらに駆け続けていた。
決して離れることのないよう、互いに手と手を取り合って。
町を抜け出し、林を越え、隣町との境である川に辿り着いた頃。橋の上で、娘の身体はついに限界を迎えた。両の脚は体重を支えることもままならず、喉には血の味が滲んでいる。
その場にへたり込んでしまった娘は、残る力を振り絞り青年へと願った。
「っ、フィリップ……、私、もう、だめ……。貴方だけでも……、逃げ、て……」
「メアリ!? そんなこと、出来るわけないだろ……! きみを差し出す、ぐらいなら……、僕も、一緒に捕まる」
「駄目!」
声を出す体力すら禄に残されていない身体で、メアリが悲痛な叫びを上げた。
「それ、だけは……っ、絶対に、駄目。……私は、もし捕まったとしても、きっと……、家から、出してもらえない、だけで済む、わ……」
フィリップに握られたメアリの手に、弱々しくも力が込められる。
「けれど、貴方は……!」
見上げるメアリの瞳には、今にも零れ落ちそうなほどに涙が溜まっていた。
「人間に、捕まったヴァンパイアが……、どうなる、か……。それは、私よりも……。貴方のほうが、詳しいでしょう……?」
「それ、は……」
「ね……? だから、貴方は……、ぜったい、に、捕まっちゃ、いけないの……」
二の句が継げないフィリップへ、メアリは優しく微笑みかけた。
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