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さて、人間より長寿であるヴァンパイアには――その反動であろうか――致命的な弱点がいくつか存在する。
そのひとつが日光だ。人間にとっては信じがたいことに、ヴァンパイアは日光を浴び続ければその身が砂となり朽ちてしまう。
それはフィリップも例外ではない。そのためメアリとフィリップは日の光を避け、真夜中の逢瀬を繰り返していた。
それが、仇となったのだ。
メアリがいつでも眠そうにしていることに、友人たちは気が付いた。けれど、どこか具合でも悪いのかと尋ねても、彼女は何でもないと首を振るばかりだ。
両親も、メアリの異変には気が付いていた。メアリは毎晩、入浴を済ませると自室に戻り、それから朝まで部屋から出てくることは無い。メアリは、夜は早く床に就き、そのぶん早朝に勉強するのだと両親に告げていた。
けれど不思議なことに、彼女の部屋からは人の気配がしないのだ。いくら眠っているとはいえ、毎晩毎晩、ただのひとつの物音もない。
そして今晩、その時は訪れた。
母親がふと庭を見ると、自室へ戻ったはずのメアリが何処かへ向かっているではないか。彼女は夫――メアリの父――を呼び、二人でメアリの後を追った。
そして両親は目撃したのだ。
愛娘が、見知らぬ青年と寄り添っている姿を。
「メアリ……?」
震える声で呼びかけた母親に、娘は弾かれたように振り返った。
「かあ、さん……? 父さんも……、どうして、ここに……」
「それは、こっちが聞きたいな、メアリ。何故嘘をついてまでこんなことを? ああ、いいや、年頃の娘にはよくあることなのかもしれないな。隣の彼は? この町じゃ見ない顔だ。どうも、はじめまして」
「はじめ……、まして」
掠れる声で答える青年に、父親は違和感を覚えた。ひょろ長い手足、遠くに立っている街灯の光しか明かりのない暗闇でも分かる蒼白い肌、尖った耳。そして――、人間とは思えないほどに成長した犬歯。
「――っ、貴様、ヴァンパイアか!」
父親の予感は的中だった。青年は娘の手を取ると、弾かれたように駆け出した。
「っ! くそ、メアリ、逃げるぞ!!」
「待ちなさい!!」
「メアリ!」
娘が、見知らぬヴァンパイアに手を引かれて自分たち両親から離れていく。耐え難い悲しみと怒りが父親の脚を駆り立てた。
けれど初老に差し掛かった身では、若い二人に追い付くことは叶わない。
「メアリ! 待ちなさい! メアリ!! ……きみは、町の人たちに助けを求めてくれ。林に入る前に見つけてメアリを連れ戻すんだ。私は、このまま二人の後を追う」
「メアリと一緒にいた、男の子のほうはどうしましょう?」
「そんなこと、決まっているだろう――」
――ひっ捕らえて、銀の十字架を打ち付けるんだ。
こうして、メアリとフィリップの逃走劇は始まった。
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