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「もう……、終わりに、しましょうか……」
「えっ――?」
フィリップは、我が耳を疑った。自分の迷いは、口に出てしまっていただろうか。
けれど彼は、口を開いてはいなかった。
メアリを見れば、翠の瞳が真っ直ぐに見つめ返していた。
「もう、終わりにしましょう……。私と一緒じゃ……、貴方は、逃げきれない……。でも私は……。貴方なしで、これから生きていくなんて……、考えられない」
「メアリ……」
「貴方に、抱き上げてもらって……、貴方の体温を、感じて……、実感、したの」
メアリは、正気を失っているわけではない。
全てを諦めてしまっているわけでもない。
彼女の声は、至極穏やかなものだった。
「もう、朝日が昇るわ……。そうすれば、貴方の身体は……」
「ああ……、そうだ。きみをここで抱き締めたまま、砂となって崩れ落ちる」
「ええ、そうね……。だから、その前に……。私の我儘、聞いてほしいの」
「なんだい? メアリ」
「フィリップ、お願い……。私の血を、飲んで……」
「…………ああ、喜んで」
フィリップの声は、彼自身でも分かるほどに震えていた。
「ふふ、貴方……。私の血は美味そうだ……、って、ずっと、言ってたわよね……。出会った時、から……」
「やめてくれよ……。まさか本当に飲む日が来るとは、思っていなかったんだ」
「そんなこと言って、貴方……。私の血を飲むために、うちへ、やって来たんじゃない」
「それは最初だけだ……!」
「ええ……、知っているわ。フィリップ。ごめんなさい。意地悪して」
「いいや、いいんだ。メアリ」
こんな『意地悪』なんて可愛いものだ。とんだ運命に巻き込んだ自分を詰ってくれても良いものを――。
フィリップは、メアリの眩しさに身が灼ける思いがした。
「下ろして、フィリップ……。我が儘を、聞いて貰うんだもの。自分で、立たなくちゃ」
「立てるかい?」
「ええ、大丈夫」
太陽は、いつ顔を出してもおかしくない。若い二人に残されているのは、あとどれほどの時間だろうか。
熱く抱擁を交わす二人の頬には、光る滴が流れていた。
「メアリ。愛してるよ」
「私もよ。フィリップ。……美味しく、飲み干してね」
茶目っ気を込めて微笑むメアリに「ははっ」と返すフィリップの笑い声は、湿り気を帯びていた。
「もちろんさ」
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