第一章

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第一章

1  「それ…どう言う意味?」 茜の言葉の意味を、凪は怖ず怖ずと問う。 「聞いたままの意味よ…。 もしこの言葉を聞けないと言うのなら…容赦はしないわ。」 夏合宿から一ヶ月。 それから茜に確かな変化が現れ始めた。 一緒に暮らす凪や雫が言うには、その頃から考え込む事が増え、こないだもヴァンパイアとの戦いで最後の最後に油断し、あわや敵の攻撃を受けるところだった。 普段の茜だったら絶対あり得ないミスだ。 そしてその後。 茜は俺達の前から姿を消した。 俺達を残して、何も言わず。 でも俺達は茜を信じて待とうと誓った。 そして戻ってきたその時は、またあの夏のように皆で集まろう。 ハロウィンに間に合わなければクリスマスでも良い、年越しカウントダウンなんかも楽しそうだ。 そうやってあいつが戻ってくるのを皆で待とうと。 そう思っていたのに。 今になって戻ってきた茜は俺達にこう言ったのだ。 あなたを日向誠の元には行かせない、と。 「待ってよ茜!急にどうしたの!?」 必死に事情を聞こうとする凪。 「生憎私はあなた達と話しに来た訳じゃないわ…。」 そう言って茜は腕を前に突き出し、手を広げる。 するとそこから炎が燃え上がり、やがて茜の腕を炎が包む。 「え…な…何を!?」 それがやがて大きな槍になる。 「な…槍になったぞ…!?」 俺が驚きの声を上げると、 「あれは…焔牙!」 唐突に光が叫ぶ。 「焔…牙…?」 「はい。 茜ちゃんが持つ武器です。」 「え…?ちょっと待てよ。 茜の武器は札じゃなかったのか?」 「わ、私もあんなの初めて見た。」 一緒に暮らしている凪でさえ、それを見た事は無いらしい。 「茜ちゃんにとって一番得意で、その実力を最大限に発揮出来る武器がこの焔牙です。 それを今まであえて使わなかった理由は分かりますか?」 「つまり…今まで手加減していたと…?」 「恐らく。」 「なんてこった…。」 これまで茜は、戦う時には札だけで相手を仕留めてきた。 だから俺も一緒に暮らしている凪でさえそれが茜の得意武器で、それ以外の存在を知らないし、有るとも思っていなかった。 実際手加減してるなんて思えない程、札を使う茜は充分強かった。 「そして、それを今になって出してきた。 この意味が分かりますか?」 「つまり、本気で俺達と戦うつもりって事だろう?」 光の問いに康一が答える。 「っ…!」 言われて口を噤む。 「ふぅ…敵にみだりに手の内を晒すのは馬鹿のする事よ…。」 「だから今まで使わなかったって言うのかよ…?」 「えぇそうよ。」 「待ってよ茜っち!!こんなのおかしいよ! 私達は敵なんかじゃないって!」 それを聞いてここまで黙っていた木葉が叫ぶ。 「敵なんかじゃない、ね。 でもそれはあくまであなた達から見てそうと言うだけでしょう…? 私にとってあなた達は敵。 それ以上でも以下でもないわ。」 「そんな…。」 「ちょっと待ってよ!!なんでそんな事言うの!?」 それに凪が口を挟む。 「…事実を述べたまでよ。 邪魔をするのならあなたでも容赦はしないわよ…?」 でも茜は、そう言って躊躇い無く凪に槍を向ける茜。 「茜…また一緒に暮らそう?一緒にご飯食べようよ。 私には分かるよ。 茜はそんな事出来ない。 今ならまだ間に合う。 一緒に帰ろうよ。」 そう言う凪の表情は悲痛そのもの。 「分かったような事を言わないで!」 そう叫び、茜は槍から火炎弾を放つ。 「危ない!」 慌てて飛び出し、身動き一つ取れずにいる凪を巻き込んで横に倒れる。 「どうして…?茜…。」 未だ現実を受け入れきれずにいる凪は、そのままの姿勢で涙ながらに問う。 「答える必要は無いわ…。」 それを茜はあっさりと切り捨てる。 「おい茜…そりゃねぇだろ。」 起き上がり茜に向き直る。 「何も言わずに居なくなって、凪が…いや、凪だけじゃない。 雫が、木葉が、千里が、それに俺が! どんなに心配したと思ってんだ…?」 「だから何…?心配?そんな物私には必要無いわ…。」 「っ…!」 必要無い。 その一言に、俺の中で何かが切れた。 今もまだ泣き続ける凪の、何も言えずに俯く木葉や千里や雫、そして俺の思いが、そんな一言で簡単に切り捨てられてしまったのだ。 「ふざけんなよ!」 思わず叫ぶ。 と、その時。 康一が茜に斬りかかったのと、それを茜が弾き飛ばしたのは同時。 「ちっ…。」 「あなたに力を与えたのは誰だと思っているのかしら…?」 「も、もうやめるの!こんな事に何の意味があるの…!?」 そう涙目で叫ぶのは雫。 その体は小刻みに震えていた。 「意味なんて別に必要無いわ…。 邪魔な物は捨てる。 掃除と同じよ。」 「っ…!」 何も言えずその場にしゃがみ込む雫。 やがて彼女も凪と同じく泣き出してしまう。 無茶苦茶だった。 ついさっきまでやっと戻ってきたと思ってい雰囲気などもはや何処にも無い。 有るのは深い悲しみと絶望。 「言って良い事と悪い事があるだろ…!?」 「私がしている事が間違っていると言うのなら、力でそれを示せば良いわ…。」 そうして槍を構える茜。 「上等だ。」 同じく刀を構える。 とは言え槍を持った茜の実力は未知数。 そこからどんな攻撃を仕掛けてくるかも分からない。 それなら…! 自分の周りにバリアを出現させる。 「バリアを出していれば自分も大切な人も傷付く事はない。 敵も壊せなければ諦めて帰るしかない。 私は確かにそう言った。 だから私が諦めて帰るとでも…?」 「そうじゃねぇよ…。」 こいつは俺の考えてる事が分かる。 だから頭脳戦では不利だ。 「だからそうして出方を窺おうと? 相変わらずちょこざいね…。」 「うるせぇよ…。」 「紅蓮…!」 そう言いながら茜は槍から巨大な火炎弾を放つ。 「っ…!?」 バリアの中からでも身構える程の勢い。 そしてそれがバリアに命中し、勢い良くバリアが砕け散るのはほぼ同時。 その反動で俺は後方に弾き飛ばされる。 「ぐあっ!?」 一瞬何が起こったのかも分からずそのまま倒れる。 「これに懲りたらその程度の実力で彼を倒せるなんて思わない事ね…。」 そう言って背を向ける茜。 「あ、おい…!」 その背中に呼びかけるも、茜は再び振り向こうとはせず、そのまま去って行った。 そしてその背中を、木葉は何も言わず沈痛な面持ちで見つめていた。 「桐人さん、大丈夫ですか…?」 未だ立ち上がれずに居る俺に、光が手を差し伸べてくる。 「あぁ…悪い…。」 その手を握り、起き上がる。 「茜さんは日向誠の味方をする事を選んだようですね。」 「…。」 「どうしますか?桐人さんはそれでも日向誠と戦いますか?」 言われて考える。 俺はこれまで、日向誠の野望を食い止める為に戦ってきた。 そしてそれに茜も最初は協力していた筈だ。 でも今になって急に裏切った。 それも俺だけじゃなく、これまで一緒に暮らしてきた凪や雫まで。 あいつはそうまでして味方をしたのだ。 俺達にとって一番の敵である日向誠に。 「戦うしか…ないだろ…。」 そうしなければ世界は日向誠に征服されてしまう。 他の何を許しても、それを許す事は出来ない。 「そうですか。」 それに光は短く返す。 「そう…だよね…。」 そう返す凪は未だ涙を流していた。 「そんなの…嫌なの…。」 雫も泣きながらそう返す。 「ま、やらなきゃやられるんならやるしかねぇわな。」 唯一冷静な康一は淡々と返す。 そして康一を除いて全員が苦悩している中、 「一抜けた。」 突然ぽつりとそう呟いたのは木葉。 「木葉?」 言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。 「私はもう戦わない。 やりたかったら好きにすれば?」 「なっ…お前…。」 「こ、木葉ちゃん…?」 千里が心配そうに木葉を見る。 「私はキリキリの考え、間違ってると思う。」 「っ!?なら茜が正しいって言うのかよ!? 日向誠が正しいって言うのかよ!?」 「そうじゃないよ!」 声を荒げて叫ぶ木葉。 それに俺は口を噤む。 「そうじゃない…よ…。 私には茜っちがどんな思いでそうする事を選んだのかは分からない。 でも…でもさ!だから戦うの?これまでずっと一緒に戦ってきたのに? 確かに茜っちも間違ってると思う…。 だから茜っちの味方もしない。 けど敵にだってなりたくないって思うのはおかしい事かな!?」 「っ…。」 「だから…私はもう戦わない。」 そう言って木葉も背を向けて去って行く。 それに俺は何も言えなかった。 それはそこにいる誰も一緒で、凪と雫の泣き声だけが虚しく響く。 〈だから言ったじゃない。〉 と、ここで突然雨からテレパシーが送られてくる。 「っ…!」 〈これがあなたの招いた結果。〉 「そんな…訳…。」 〈私はあなたに言った筈だよ。 茜と今以上の関係になるな、と。 なのにあなたはそれを聞かなかった。 そんなの間違ってると私の警告を一切信じようとはしなかった。 だから彼女は本来のあるべき姿を取り戻していった。 それによってこれまでは赤の他人だと割り切れていた過去の自分を知りたいと思ってしまった。 その結果がこれ。 私はこうも言ったよね?近い内に関係も変わると。 予告通りあなたと茜の関係は変わった。 協力関係から敵対関係に。 こうなってもまだあなたは私の言う事を信じないの?ずっと現実逃避を続けるの?〉 「でも俺は!」 〈俺は間違っていない。 俺がした事は正義だって? それであなたは何を守れたの? 何を救えたの? 誰の役に立てたの? あなたのそれは本当に正義? それともただの自己満足…?〉 「っ…!?俺は…。」 その時はっきりと気付いた。 何故誠太郎は鬼退治を止めたのか。 信じていた正義をあっさり捨ててしまったのか。 悪を倒す事が正義だと思っていた。 でも悪だと思っていた物が本当は悪じゃなった。 正義だと思っていた物が本当は悪だったのだ。 だから主人公は分からなくなった。 本当の正義が何なのか。
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