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十二月になると、ぱっと浮かぶのは白だ。
雪にモールにオーナメント? ふわふわのホイップクリーム? または真っ青な冬空に、ことさらくっきり浮かぶ雲? 答えは全部ノー。
シーツだ。洗濯してのりをきかせ、一点の染みも汚れもない、清潔感溢れるシーツ。ベットカバーも羽毛の掛布も、全く同じ真っ白一色。
素材は多分、ポリエステル。実用一点張りだ。
そうして、真っ白な寝具に、埋もれながら腰掛ける、慎太の寝間着だけに色がある。本人の自己申告曰く、二番目に好きな色であるという、ライトグリーン。
今日も今日とて、がらりと引き戸を開けた先に、同じ格好をした慎太が、広い窓を見上げていた。
「やあ、かのちゃん、いらっしゃい」
にこりとえくぼを作って、慎太が出迎える。かのちゃん、なんてかわいい呼び方は、もう慎太しかしない。クラスメイトは角田と呼び捨て、親は妹の由愛香がいるせいか、いつだって「お姉ちゃん」だ。幼稚園の時から変わらないなんて、さすがに恥ずかしくなって、せめて名前通り「鹿乃子」にしない、と言った事もあるが、結局変わらずじまいだった。
「お疲れ慎太。今日は検査だっておばさん言ってたよ」
「もう終わったよ。かのちゃん来る前にしてって、頼んでおいたんだ」
ああそう、と流す。ここに踏み込んだところで、大して楽しい話にはならない。本当は一日がかりだったんじゃないかとか、だったら疲れているんだろうとか。
病院が、ただ寝ていればいい所じゃないのは、とっくの昔に分かり切っていて、口を噤んで他の話題を探すべき時を迷わなくなったのは、中学に入る前。高校生も半分過ぎた今では、時々空々しいんじゃないかと、別の懸念が浮かんでしまう。
けれど、今日はちゃんと、楽しい話題がある。
「クリスマス、おばさんたちはどうするって?」
「俺たち優先でいいってさ。持ち込みごはんもオーケー。外出は体調次第だけど、かのちゃんが来る分には問題なし」
「またリース作ってみる?」
「今年はどうしようかなぁ。あれ意外と時間かかったよね」
「慣れてないからだよ。最後の方は、慎太が結構器用にまとめてたじゃん」
「そうだ。かのちゃんが思ったよりぶきよ……」
「そこは思い出さなくていい」
むっとする鹿乃子に、あはは、と慎太が笑う。幼馴染は、こういう所で遠慮がない。笑って、けほん、と空咳が出た。心の中で一瞬身構えて、まあいいや、と何気ないふりで話を切り上げた。
「おばさんは?」
「一回帰った。なんか決まったら連絡してって」
「はいはいっと。ケーキの候補はこれね。あと、七面鳥が食べられるケータリング、見つけたんだ。面白くない?」
「へえ。どんな味なのかな。チキンより美味いの?」
「さあね。ま、どっちがいいか決めといて。今日は帰る」
そう? と慎太は引き止めない。画面を印刷した用紙やチラシを寝台の横に乗せて、鹿乃子は立ち上がった。無理をさせてはいけない。ただでさえ、冬は体調を崩しやすい。
外に出ると、吸い込んだ空気の冷たさに、冬が来たのだと実感した。秋の緩やかな風とは違い、冬の風は冷気を押し付けていく。指先はすぐに冷えた。
慎太の病気は年々悪くなる。それは、彼の虚弱な心臓が、体の成長に耐えられないからだと言う。根本的な治療は外科的な手術だが、問題も壁も多い。
また痩せた気がする、という思いを、白い息とともに吐き出した。
奇跡が起きないだろうか、と毎年願う。キラキラと輝く街、どこに行っても聞こえてくる聖歌、あふれるドラマや映画のストーリーに刺激されて、頭を掠めずにはいられない。
無機質な白い壁を見上げて――正面入口からは、慎太の病室は見えない――マフラーに顔をうずめるようにして歩き出した。
歩いて五分ほどのところに、駅前に向かうためのバス停がある。すれ違うのは高齢者が多い。後は親世代で、制服姿の鹿乃子はどうにも馴染めない。だが、今日は珍しく、もう一人若い男性が歩いていた。しかも髪の色が黒ではない。光沢のある薄い茶色で、近づいてくると肌の色も白かった。道を間違えた観光客かと思ったが、手ぶらなことに違和感を覚えつつ、俯いて軽く避けてすれ違った。
「おい、お前」
肩に手が乗った。とっさに振り払って後ろを睨んだ。口調も態度も偉そうだ。向き合った時の感想は外人じゃない、だった。顔立ちに、馴染みがある。パーツの形は整っているが、目を引く容貌ではなかった。年上、大学生のナンパかと一瞬考えて、次の一言で全否定された。
「お前は奇跡に選ばれたぞ」
「は?」
「喜べ。どんな望みも、一つだけ叶うのだから」
第一印象は、サイアク、だった。
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