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   美保とは大学の映画サークルで知り合った。彼女の病気を知っても、彼女の想いを知っても、私は彼女を諦めることはできなかった。映画製作会社に入社して一年後、私たちは晴れて結婚した。  真っ白のウェディングドレスが眩しかったあの日、私たちは幸せの絶頂だった。これから先は何もかもうまくいく。そう思えてならなかった。誓いのキスを交わす直前、美保が私に囁いた。テロップに流したのがそれだ。私は大きく頷いて美保に口づけた。  その幸せが奪われたのはそれからわずか三日後。  電話一本で私の三日天下は終わった。  あれから四十年。時間は私を置いていくことなく過ぎていった。気持ちはそこに置き去りにしたまま。  バッグから写真立てを取り出す。ガラスの奥でまだ頬に幼さを残した美保が微笑んでいる。  明日は君の命日。君と紡ぐ物語もそろそろ最終章だ。  正直に言うよ。本当は君の映画を撮り終えたところで引退するつもりだった。君の両親が遺してくれた家で、君の思い出に身を浸らせて余生を送るつもりだった。  だけど。私は明日君の法事が済んだら、また東京に戻ろうと思うんだ。  私たちの物語は既に終わってしまった。残っているのは思い出だけ。それを映画という形で紡ぎなおすことを人生の目標として生きてきた。  それで本当の終わりだと思っていた。  だがその物語が自分の全く知らないところで、新しい物語を生み出していることを知った。それは子供を授かることのできなかった私たちへのご褒美じゃないかという気がするんだよ。  もう少し頑張ってもいいだろうか。あと少し。まだできること。エピローグが書けるくらいのものをもう少し、綴りたいと思うんだ。  あの日この橋の上で君に誓った。私は自分の人生を最後まで全うする。  エンジンを掛ける。空には既に星が出ている。  アクセルを踏み込む直前。  助手席に置いた写真が、頑張れ、と囁いた気がした。 完
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