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麻子は、病院の帰りに目の前のコンビニに立ち寄った。
彼女にとって、コンビニは主に公共料金や携帯代を払うところ、又は切手やスーパーに行く合間に玉子を買うところだった。
食や生活環境には人一倍気を使っていた。
無機質な店内は光に溢れ、まるで外套に群がる虫のように人々が集まる。
ガラス張りの、四角い虫籠のようだと思う。
レジで、片言の日本語を話す学生店員を見て、麻子は学生時代にコンビニでバイトをしていた事を思い出す。
専門学校とバイトの掛け持ちの生活。
学校が休みの日、麻子は9時〜5時でシフトを入れていた。画材を買うのにお金が欲しかった。
両親には学費以外出させないと心に決め、毎月の定期代や画材代に稼ぎは消えていった。
その日もいつものように、歩いて出勤し、既に店に立っている早番のパートさんに挨拶をしてレジへ立った。
パートさんは、そわそわと店の外を気にしている。
「ほら、あそこ。道の真ん中でね、犬が轢かれたみたいなの。保健所には電話したんだけど、気持ち悪くて。」
そう言って眉をひそめた。
尚も、どうしよう…と外を気にするパートさんに麻子は声をかけた。
「私、ちょっと端に寄せてきます。あのまま更に、他の車に轢かれても可哀想ですし。」
そういうと、中型犬の雑種であろうその遺体を街路樹の脇に運び、手を合わせた。
店に戻るとパートさんが、心配そうに聞いてくる。
「ごめんね、ありがとう。私、気持ち悪くて絶対無理。大丈夫だった?」
麻子は、店の洗面台で手を洗いながら、問題ないです。とあっさりと応えた。
幼い頃から、生き物が好きだった。
動物や、植物の世話をする事、人が嫌がるような薄汚れた捨て猫や、産み捨てられた飼育小屋の兎の世話をしたがった。
責任感や、正義感などよりもっと飢餓状態であった。
何かに求められる事、瀕死の命に尽くす事でしか自分の存在の確認が取れなかったのかもしれない。
麻子は、懐かしい思いを慈しみながら、お腹を撫でた。
その想いにやっと、ゴールが出来る。
店の前で、“葉酸入り牛乳”にストローを刺して飲む。
妊娠、4ヶ月。自閉症の疑いがあると、医師に告げられた。麻子は泣きだしたいような幸福感に溢れていた。
この子には、一生寄り添う相手が必要だろう。守ってあげる必要があるだろう。
これでやっと、私の生きる意味が産まれる。暗い迷路のようなトンネルのなかで、やっと一筋の光を見えた気がする。
涙が溢れないように、秋の空を見上げた。
茜色の空が高く、ビルの合間に風がそよいでいた。
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