国友藤兵衛

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国友藤兵衛

   茅場の寂しい道を、あけの明星が照らしている。    こんな時間に道を歩く物好きが一人。  提灯を持つ供を前に歩かせるは国友鍛冶衆の国友藤兵衛だ。  寄合いという名目の連歌のお誘いを受けて宵の頃調子よく出掛けて行き、明けの明星を拝んで帰るという遊び人……否、社交家だ。  頻回に誘いが来る寄合いもそうだが、国友鉄砲を広めるため商人として大名家への出入りも欠かさず、家でゆっくりしていることなどほとんど無い。  このような暮らしを続けている藤兵衛はそろそろ四十路を迎えようとしている今も嫁の来ては無い。しかしその風貌は決して劣らず商売女も振り返るほどで、よく食べよく飲み体躯も申し分なく、白髪は混じってきているがそんじょそこらの若いもんよりはよほど体力があった。  女はもちろん好きだし最期を看取ってくれる子がいたらと思う。しかも “藤兵衛” の跡を継いでくれたら万々歳だ。  だが今宵も徹夜連歌会で朝帰り、この有様は女房がいたら大目玉だろう。それを考えた時、余計な心配をしなくていいのは気楽でいいなどと楽観して。ほろ酔いにふわふわする歩を進めていた。  すると、闇の向こうでがさっと音がした。  供の男がひ弱な声を上げて驚くと、藤兵衛は提灯の火を消すよう命じ。 「ついておいで」  人の背丈ほどある茅を慎重に掻き分け入っていってしまうのを、供は慌てて追いかけていった。  藤兵衛が掻き分けていた茅は突然無くなり、開けた場所に出た刹那、異変に気づく。  ―血の匂いがする  鉄砲鍛冶の藤兵衛も若い時分は戦へ赴いた事がある。独特の鼻につく臭いに戦場の光景を鮮明に思い出してしまったのを、瞬き一つで意識を切り替えた。  ―茅場を出たわけではない、ここまだ茅場の中だ。  踏み荒らされたように無残に倒れる茅の向こうに人らしき黒い塊を見つけた藤兵衛は、引き寄せられるように歩き出す。  ―茅場で何が行われたのだろう、血の匂いがするとはただ事ではない 「親方、一人で行ってしまわないでください」   そこへようやく追いついた供の男は、藤兵衛が見下ろしている黒い影に気がつき、 「これは」  と言葉を詰まらせた。  黒い塊は子供のようだ。 その小さな手には長さ五寸ほどの仄かに光を放つ羽を握り、大量の返り血を浴びたのか一つに結われた白銀の長い髪までも血に染めていた。 「火を灯しなさい」  藤兵衛の言葉に供の男が慌てて火打石を打ち付ける間も、羽はゆっくりと光を失っていく。 「あぁ待って、消えないで」  震える手で火を灯そうとするがうまくいかない。 子供の手の中にある羽は紅から濃紅へ、そして葡萄色になり、最後に鼠色へ変化すると光を失った。  それと同時に提灯に火が灯り、明かりを子供に向けた供の男は首をかしげた。 「髪が黒くなってきているようです、これはもしや」  藤兵衛に顔を向けると、 「見つかったら大変だ」  気に入りの羽織で血だらけの童女を覆い、手ずから抱えて帰路を急いだ。  
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