壱 花笑む縁組み

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「神様との結婚ってきっと神聖なもので、わたしが考えるリアルなものとは違うんでしょうけど。ええとそれから、本当に嫌なのかと訊かれると、そうでもないんです。結婚って、家族になるってことですよね」  正直、恋愛はもういい、と璃子は思っていた。それでも、家族への憧れは漠然とある。 「誰かと家族になれるのだったら、少しだけ嬉しいような……ごめんなさい、べらべらと。それから、こうしてお二人に何でも話せてしまうのだって、やっぱりまだ自分が思い描いた空想の中にいるような気がしているからなんです」  子供のころから大人しく、いつもぼんやりとしていた璃子には、友達と呼べる相手はほとんどいない。誰かに自分の思いを聞いてもらうのは、気持ちのいいことだと改めて感じていた。 「空想の世界、ということでも、いいですよ」  ビャクは言いながら、璃子の空いた湯呑にお茶を注ぐ。 「私は璃子さんの世界に存在できることが、こうしてお話できることが、嬉しいです」  にっこりと、ビャクの目が微笑んだ。雪は相変わらず無表情ながら、「私も嬉しいです」と続ける。 「ところで、この瓶はなんですか?」  ちゃぶ台に置かれたガラスの瓶には桃色の花びらが詰まっていた。 「若旦那様に分けていただいた、桜の塩漬けです」  珍しく、雪の声がわずかに弾んだ気がした。 「璃子さんが先ほど飲んだ桜茶にも、これが入っていたんですよ」  ビャクが「綺麗」と瓶をかざす。 「もしかして、伊吹様がこれを?」  璃子はビャクに訊ねた。 「そうですよ。ご自分で毎年作られます」  瓶に封じ込めた春を眺めていると、 【案ずるな】  あの声はやっぱり伊吹のような気がしてきて、璃子の耳元はくすぐったくなるのだった。
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