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璃子は夢を見ていた。
夢の中で、見慣れない部屋に立っている。
――きっと、お父さんの部屋だ。
亡くなった父親が一人で暮らしていたアパートは、昔と変わらず寂しげだった。冷蔵庫の扉に貼られた、子供だった頃の璃子の写真。色褪せていて物悲しい。
璃子は父親が病気であることも知らなかった。知っていたらどうしただろう。頻繁に会いに行っただろうか。分からない、と璃子は思う。
――知らない人のようだったから。
棺に入った父親は、まったく他人のように感じられた。最後に会ったのは十数年前だ。父親の顔を見て、懐かしいという思いはなぜか起こらなかった。
璃子はひっそりと父親を弔ったあと、魂の行く末を眺めるように空を見た。晴れ渡った空だった。だから余計に。
――泣けなくて、ごめんなさい。
自分がひどく冷たい人間のように思え、胸が痛んだ。すると。
ふわりと手のひらにぬくもりを感じる。遠い記憶の中にある、父親の手のあたたかさに似ていた。
――なんだか、安心する。
(璃子、璃子)
とても懐かしい声がした。自分の名を呼ぶ、低くてやわらかな声。
「璃子、璃子」
それは次第にほんのり甘く透き通った声へと変わる。心地よくてとても目を開けられそうにない。しかし。
「起きよ」
耳元で囁かれ、璃子は驚いて目を見開いた。
涼しげな目元、すっと通った鼻筋、形の良い唇。美しい顔を前に、呆然とする。
――ど、どうして?
横たわる璃子の隣に居るのは伊吹だった。
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