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「やっと目覚めたか」
はらり、と煤色の髪が伊吹の顔に落ちる。どちらが夢で、どちらが現実なのだろう、一瞬混乱するが。
「わ、わたしの布団で、何をしているんですか?」
璃子が睨みつけると、伊吹は不愉快そうに顔を顰めた。
「何度も言うが、ここは私の宿だ」
ぎゅっと手を握られる。
「痛っ!」
璃子は小さく叫んだ。自分の右手が、いつのまにか伊吹と繋がれていることに驚く。
「は、離して!」
「璃子がつかんできたのだが」
「うそ!」
「私が嘘をつくわけがない」
――それは、そうだけど。
神様が嘘つきで詐欺師だったらややこしいことになる。しかし璃子はまだ、伊吹を完全に信用できずにいた。雇用契約だって納得したわけではない。いよいよ身の危険を感じればなにがなんでも逃げ出すつもりだ。そんなことを考えていると。
ふらふらと部屋に戻りすぐさま布団に寝転がった昨夜の記憶がだんだんと蘇ってきた。璃子の布団を敷いたのは誰だったのだろう。さらに。
あたたかななにかに抱きついた感覚までもが思い出される。顔がほてっていくのを璃子は感じた。
――昨夜の宴会で、飲みすぎた!
「それにしても璃子は寝相が悪い」
「え?」
璃子はスースーする足元を見下ろす。掛け布団はなく、長襦袢が太ももまでまくれあがっていた。
――きゃーーーー!
「がっ!」
暴れる璃子の頭が、伊吹の顎に激突する。
「たとえ神様のお宿でも、プライバシーはあるんですっ! 出ていってください!」
半べそになりながら璃子は布団に潜った。
「はっ? 出ていけ?」
伊吹は顎を押さえながら、驚愕の表情を浮かべる。人の姿をしているが、神様である。ぞんざいな扱いにどうやら困惑しているようだ。
「ここは私の居室だが?」
「えっ、ごめんなさい!」
――まさか、私が神様を襲った?
璃子はますます混乱した。
そこでチリンという鈴の音とともに、さっと襖が開く。
ビャクとトコヤミがかしこまって正座していた。
「お腹が空いたので、そろそろ朝ごはんにしませんか?」
璃子に憑いているせいで自由のないビャクは、困っているようだった。
「よし。さっさと着付けてやろう」
「ぎゃっ!」
伊吹に強引に布団をはがされ、驚いた璃子はさらに暴れた。
「げほっ」
そこへ偶然にも璃子の肘が鳩尾に入り、伊吹はうずくまるのだ。
「仲良きことは美しきかな〜?」
ビャクとトコヤミは、そんな二人の様子を、目を細めて見守っていた。
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