参 昼餉は余すことなく

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「実は、レストランの料理長が、別のかたに決まったんです。藤三郎さんはこれまでどおり従業員食堂担当、それが気に入らなくて怒っていらっしゃるんです」 「レストラン?」 「十六階の和風ダイニングです。当初、藤三郎さんはレストランも任されるはずでした。ところが、大女将がどこぞの異界から腕の立つシェフをスカウトしてきたようで。五つ帽子(・・)レストランの総料理長を務めたこともある、魔術を使う料理人だとか」 「魔術を?」  璃子は、魔術を使うシェフもまた人ならざるものなのか、どんな姿をしているのか、まずそこから気になった。すると。 「ちょっくら大女将に話しつけてくらあ」  二人の横をどすどすと藤三郎が通り過ぎていく。 「私、トコヤミを呼んできます」  ビャクが慌てたように言った。 「そ、そうですね。トコヤミさんかなりの手練(てだれ)だし、すごい武器もあるし」 「鍵刀(けんとう)ですね。大切な(かぎ)です」  夫を褒められ照れくさかったのか、ふふっ、と恥ずかしそうにビャクが笑う。  確かに、トコヤミの武器は鍵のように複雑な形状をしていた、と璃子は緊張しながらも恐ろしい場面を思い返していた。そこで、エレベーターの到着を知らせるチャイムがなる。 「わたしは、藤三郎さんを止めてきます」 「璃子さん!」 「大丈夫です」  ビャクを安心させるようにそう言うと、璃子は急いで藤三郎を追いかけた。 「ま、待ってください」  締まりかけた扉に手をかけ、無理やり璃子はエレベーターに乗り込む。とうぜん、藤三郎は驚いた顔をしていた。 「なにやってんだ。あぶねえだろうが」 「藤三郎さんこそ、どうするつもりですか」  藤三郎は知らん顔で〈拾陸〉を押した。食堂の十七階から、十六階へとエレベーターの籠はあっというまに到着する。  はちまきを締め直した藤三郎は、扉が開くなり、ぴょんと降り立った。  エレベーターホールの壁には案内図。和風ダイニングと茶室ラウンジ、それぞれ逆方向に矢印が示されている。藤三郎は和風ダイニングのほうへ曲がっていった。その後ろを、璃子も黙ってついていく。  ――あったかーい。  十六階の羽目板の通路は、無垢の感触と床暖房が足裏に心地よかった。しかし璃子は、緩みそうになった気持を引き締めて、一歩一歩、踏み進めていく。 「おおっ……!」  藤三郎が柱に隠れるようにして立ち止まった。  ガラスファザードの和風ダイニングは、店内の様子が通路からでもはっきりと見てとれた。客席はすべて座敷になっており、木目が美しい浮造(うづくり)のローテーブルと椅子がレイアウトされる。  ダウンライトで明るさを抑えた照明、和をコンセプトにしたインテイリア、上質でモダンな空間が広がっていた。  ――伊吹様?
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