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中央の席に伊吹の姿があった。伊吹の向かいに座るのは、大女将と吉乃だ。他に客はいない。
璃子は伊吹が宿に戻っていることを知らなかった。さらに、大女将たちと食事をしているとは思わなかった。
――楽しそう。
ご機嫌な大女将の様子に、璃子は少しばかりもやもやする。
璃子のことを若女将としておきながら、今夜、伊吹は大女将や吉乃と食事をしている。もやもやは疎外感だろうか。それから。
――吉乃さん、キレイ。
今夜の吉乃は変わった巫女服ではなかった。淡い桃色に桜や菊の丸紋が可愛らしい着物姿で上品に微笑んでいる。そんな吉乃をじっと見つめる伊吹に、璃子の胸がチクリと痛んだ。
――なんだろう、この痛み。
「いいもん食ってやがるな」
藤三郎がぼそりと言った。
鯛の姿造りに様々な刺身が盛り合わせになった、大迫力の舟盛り。さらに。
「創作会席か」
オレンジ、白、ソースが流された皿。肉や野菜は、小高く立体的に盛られている。見た目に楽しい、フレンチのような日本料理だ。
「へ、へえ。あれが、大女将が言っていた、時代に合った料理かい。たいしたことねえな」
捨て台詞のように言って、藤三郎はくるりと店に背を向けた。
「俺は帰るぞ。あとは勝手にしろ」
「え……」
「見た目に誤魔化されるな。って、一汁三菜の基本も知らねぇお前には関係ないか」
言葉には、いつものような威勢はない。
すっかり元気を失くした藤三郎の後ろ姿に、璃子は掛ける言葉もなかった。
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