─ 怪 ─

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. 街灯に照らされた光の中を、細い雨が無数に縦断しており、何となくわたしにはそれが、この世界に生じた映像ノイズのように見えている。 闇の奥から浮き上がってくる赤い傘が、大学時代の友人の百子(ももこ)だとわかった時、わたしは半ば泣きつくようにして彼女の元に駆け寄っていた。 「ごめんね百子、こんな夜中に突然呼び出したりして」 「ああ、久しいな麻由(まゆ)、かれこれ3年ぶりか。 状況も状況だ。積もる話は後にして、まずはお前の家を見せてもらうぞ」 実際、わたしの顔を滴る雨粒には、涙もいくつか混じっていたのだと思う。 事の深刻さをすぐに悟ったであろう百子は、多少ふくよかになった頬に笑みも作らず、丸くて大きな眼鏡で傍らに建つアパートを仰ぎ見た。 環状線から少し奥まった所に建つ、どこにでもありそうなアパートの2階がわたしの家だった。 そこで様々な異変が起こり始めたのは、ひと月程前からだろうか。 最初、深夜にベッドの中で感じた床を擦るような足音を、わたしは何かの聞き違いと自分に言い聞かせるに留めた。 けれどもそれを皮切りのようにして、異様な気配は頻発するようになり、これまで霊感などないと思っていた自分が、初めて金縛りのようなものも体験することになる。 突然本棚から落ちる楽譜本。 閉めきった窓辺で、風もなくユラユラと揺れていたカーテン。 ある時などは、わたしの物とは明らかに違った、長くて緩いウェーブのかかった髪の毛が、洗面台に落ちていたこともあった。 そして今夜。 ダイニングへのドアの磨りガラス越しに、女性とおぼしき立ち姿をはっきりと目視した時、必死に堪えていたわたしの恐怖は、ついに感情の(たが)が外れてしまったのだった。 自分の家なのに、百子に先導されるようにして向かい、無言の圧力に負けて、恐る恐るとアパートの扉を開ける。 静まり返った見慣れた部屋で、電気ポットの湯沸かし音だけが聞こえていた。 女の影があったキッチンに、既にその姿は見当たらず、6畳ほどのリビングも、特に変わった様子はなかった。 .
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