それはさながら、蛍火のごとく――。

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 菱屋の遊女、朱莉。  格別秀でた顔貌を持つわけでも、特別客あしらいがうまいわけでもない彼女が、座敷持ちまでのし上がれたのは、彼女がもつその目に理由があった。  二重のぱっちりと開いた一対。その黒々とした瞳は艶があり、覗き込むとその艶が周りの光を反射して、きらきら、きらきらと輝いて見えるのだ。一度その美しさに魅入られると、男達はすっかり朱莉の虜になってしまう。そうして遊びなれた粋人達は、様々なものに朱莉の瞳を例えてみせるのだが、彼らは一様にこう言葉を締めくくった。  「あの美しい輝きを見ていると、いつかの初恋を思い出すのだ」  今、その美しい瞳から、朱莉はほろほろと涙を零している。彼女の目を星空に例えた者達が見たら「星が零れたようだ」と感嘆しただろう。  「お見苦しいところをみせんした」  「いや、やはり俺の贈り物が障ったのだろう、これはすぐに片づける」  「いいえ、どうかこのまま」  朱莉は涙で濡れた目で、部屋を見回す。暗い部屋を舞う蛍。その光を反射して、彼女の瞳もきらきらと。溢れた涙が光を弾いて、その瞳はいつもよりさらに美しかった。  しばし無言で蛍を眺めていた朱莉だったが、ふ、とその肩から力を抜いた。そうして涙の気配がなくなった目で、素鼠と向き合う。  「本当に、申し訳ありんせん」  しかし、二人の間を流れるなんとも居心地の悪い空気はそう簡単に払拭できそうもない。素鼠の頭巾から覗く目に心配と疑念を読み取って、朱莉は苦笑した。  「そうでありんすな。お詫びといってはなんですが、ぬし様はこの目がなぜこうも輝くのか知りたくはありんせんか?」  「それは、ぜひ」  なにせ、男達をその美しさだけで虜にしてしまえる目だ。 朱莉はゆったりと頷いた。  「ならばお話いたしんす。ただ、このお話には別の男性も登場しんするによって、どうかご容赦を」  ちょっと茶目っ気を込めて、朱莉は言った。とはいえこれが他の客であったのならば、朱莉は絶対に話さない。素鼠だからこそ、話せるのだ。遊郭に別の男の話はご法度だ。ただ、素鼠と朱莉の間には、未だ色めいた空気がない。  なにより、素鼠が朱莉の目を蛍の光だと言ってくれたから。  「人は恋をすると、目が輝いて見える…そんな話を聞いた事がありんせんか?  まぁ、これはそういう話でありんす」
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