決して変わらないもの

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「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……!」  夜を走る。  水瀬行成は、病院の自動ドアを飛び出して走り出す。  胸元ははだけて、ボトムスのベルトからシャツの端が飛び出している。走るのに向かない革靴で、病院前のアスファルトを蹴る。  ――若年性アルツハイマー  三〇代でそんな病気に掛かることは珍しい。それが西川環の病気の一つ。いわゆる痴呆。物忘れが激しく、精神状態が子供の頃に戻ってしまったりする。彼女の病気はそれだけではないのだけれど、この病気だけでも十分ショックなことだった。本人にとっても、家族にとっても。  でも、行成がショックだったのは、その病状を知らされていなかったことだった。昨日、八宮市に戻ってきて、実家を訪れて、そこで初めて知らされたのだ。幼馴染の病気を。  それは、二人の人生がそれほどまでに離れていたのだという現実を、意味しているのかもしれない。  東京の大学を卒業した行成はそのまま東京で就職、時々彼女が出来たり、別れたりしながらも、結局、独り身で人混みに揉まれながら暮らしていた。地元の大学の卒業した西川環は地元の自治体に就職して、バリバリと公務員キャリアを積み重ねていた。仕事で活躍しすぎた結果として、環は三〇代を独身で迎えた。  だけど、そこから少しずつ病魔が彼女を蝕み始めた。三〇歳を過ぎたところで一度休職、その後も何度か休職と復帰とを繰り返し、遂には退職するに至った。如何に公務員といえども、現実的な意味で休める期間には限度がある。世間体的な意味も含めて。 「環ィィィーーーー!」  橋のたもとまで辿り着いた行成が、薄暗い空の下で叫ぶ。  まだ暗い街の中、視線の先には一人の女性が立っている。ストライプのワンピースを纏ったその女性は、ゆっくりと声の方向に顔を向けた。街灯に照らされたその顔には、まるで女子高生のようにあどけなさがあった。 「あ、行成じゃん――。どーしたの?」
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