決して変わらないもの

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「どうしたの? そんなマジな顔してさ?」  目の前の環が、キョトンとした顔で首を傾げる。  近づいて見れば、大人の女性になった環の輪郭がはっきりと分かる。  病気になって記憶を失い、自我の一部を失い、「あの子は変わってしまった」と親に嘆かれた三十路の女。  病魔におかされて、職を失った女。 「――あのさァ、環。話があるんだけど、聞いてくれねぇ?」 「ん? 何よ改まって。え〜、ドキドキしちゃうなぁ」  頭を掻く行成。挑発的な笑みを浮かべる環。  行成は一歩、さらに一歩、環との距離を詰めていく。 「え? 何? 近いよ、行成? ――行成ってば!」  身体が触れ合う距離。  ついに行成は環の身体を捕まえた。  両腕をその背中に回し、その身体を力一杯抱きしめる。  そして、その柔らかな首筋に顔を埋める。 「どうしたのよ? ……行成?」 「あのさぁ……環。覚えている? 俺たち、約束したよなァ。大人になって、どちらにも相手が居なかったら、また、付き合おうってさ――」  腕の中で環の身体がビクリと動く。  環の左手が微かに動き、行成の腰骨に微かに触れた。 「うん……言った気がする」 「俺、気づいたら三〇代半ばでさァ。相手いねーんだわ。やっぱ、……環しか、いねーのかナァーって……さ」 「東京には可愛い子が一杯いるんじゃないの?」 「いねーよ、そんなの。環みたいなの……いねーよ」 「どーだか」  そう言いながら、環は笑う。  可笑しそうに。  そして、嬉しそうに。  橋の上で抱き合う、そんな二人を撫でるように、一陣の風が吹く。さざめくように。  その下を流れる高良瀬川の水面が、煌めき揺れる。  暗闇は徐々に拓かれて、東の空に少しばかりの光が浮かび始めた。穏やかに。柔らかに。 「だからさ。環。俺と結婚してよ。……お願いだからさ」  そう言って、行成はもう一度、腕の中の少女を強く抱きしめた。その腕の中にある、決して変わらないものを、その肌で確かめるように。  やがて大人の姿をした少女は答えた。  「しょうがないナァ〜」  その言葉に不似合いな満面の笑みを浮かべながら。  本当に嬉しそうに。  そして、二人はゆっくり口づけを交わす。  その口づけは、まるで十代の少年少女がする、初めてのキスのようだった。 83e3b799-e08f-44c9-8b07-d09fb01ba0bb
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