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決して変わらないもの
目を覚ますと病室は真っ暗だった。知らない間に眠ってしまっていたみたいだ。水瀬行成は腕を組んで沈み込んでいたシーツの上で瞼を二度、三度、閉じ、開く。記憶が少し混乱している。
振り返ると窓の外に夜が見えた。パイプ椅子の上で目を擦る。
自分はどうして病室でベッド脇に座っているんだっけ?
首を曲げたまま窓の外を眺めていると、街の明かりが点々として見えた。東京みたいに夜中まで街中が明るい場所ではないけれど、駅前の大通りを中心に、光が見える。そして、住宅街に点く一つ一つの明かり。どこか見慣れた街の夜景が、行成に自分の今いる場所を思い出させる。
八宮市。自分の生まれ故郷の街。
東京の仕事の関係で地元までやってきた。なかなかこんな街に仕事でくる用事なんて無いのだけれど、今回は特別だった。
一つ伸びをして、欠伸をする。三〇代も半ばに差し掛かり、あまり夜更かしだとか無理をすると、身体にダメージを感じるようになってきた。パイプ椅子で寝てしまっていたから、腰と尻が痛い。
実家に立ち寄ったら、幼馴染の西川環がこの病院に入院しているっていうから、八宮市立総合病院にお見舞いに来たのだ。そのまま一泊の付き添い。
そこまで思い出したところで、行成は違和感を覚えた。病室がやけに静かだ。暗闇の中に寝息の音一つ聞こえない。
「あれ? ……環? 寝ているのか?」
暗闇の中で、シーツの上に右掌を這わせる。本来ならば環の足に当たるはずなのに、そのまま右手は襞を作りながら滑る。大きく探るように、右脇に手を動かす。何にもぶつからない。行成は「ん?」とベッドの枕元に目を細めた。
「――環?」
慣れてきた暗闇。そこに人影は無かった。トイレにでも行ったのだろうか? と、病院の個室の扉に目をやる。
扉は微かに開いていて、間仕切りのカーテンは半分ずらされていた。ベッド脇のガードル台からは点滴の管が引き抜かれて、ぶら下がっていた。――そこで気づく。
『環ちゃん、夢遊病の気があるのよ。だから、行成くんが付き添いで泊まってくれるのはありがたいんだけど、十分気をつけてね』
「……ヤベッ!」
西川のオバサンが言っていた言葉を思い出して、行成は病室を飛び出した。扉から出て、左右を見る。お探しのヒロインの姿は見えなかったけれど、自分がどこに向かえば良いかは分かる気がした。
きっとあそこだ。行成は病院の廊下を走り出した。
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